People In The Box -2015.1.12 at Zepp DiverCity Tokyo
People In The Box
「Wall, Window」「聖者たち」 release tour
2015.1.12 at Zepp DiverCity Tokyo
優雅かつ生気溢れる音像で魅了した、ピープル2015年の宣誓
取材・文:沖 さやこ
撮影:宿野部 隆之
People In The Boxの作り出すものには、わかりやすい起承転結があるわけではない。ゆえに夢か現実かわからない空間にさまようような感覚に陥るし、騙されていることにも気付かないままエスコートされるような、狐に化かされているような気持ちにもなる。このバンドは一体なんなのだろう。その正体を突き止めたくて筆者は何度も彼らのライヴに足を運んできたが、去年の中野サンプラザ公演を観たとき、その圧倒的な美しさに、ああ、別にそんなものを突き止める必要はないんだな、と思った。いま自分に向けられているこの素敵な笑顔も、もしかしたらその裏には痛烈な悲しい出来事があるのかもしれない。だがその笑顔によって気持ちが晴れたのならば、その事実を素直に喜べばいい。People In The Boxの楽曲は、聴き手の我々に正解が委ねられている。だから彼らの音は、溺れるように存分に没頭できるし、ひとりひとりが思い思いに自由に楽しむことができるのだ。
【Wall, Window】でゆるやかにステージの幕を開け、シングル『聖者たち』に収録されている【天国のアクシデント】へ。山口大吾が刻むドラムのリフレインが少しずつスケールを増す様は、まるで地平線から日が昇る過程を見ているようだ。「People In The Boxです、よろしくお願いします」とギターヴォーカルの波多野裕文が軽やかに挨拶をすると、会場からは歓声とやわらかな拍手が起こる。続いては『Wall, Window』の1曲目を飾る【翻訳機】。吐息の温度をも感じさせる彼の歌声は胸が張り裂けそうなほどに美しく感傷的で、ベースの福井健太と山口によるリズムは強力に響く。ツアーファイナルと言うよりは、2015年の幕開けという言葉が相応しい、ダイナミックで勇敢な音だ。
3人という少数精鋭ゆえに、音源に入れられてもライヴで鳴らすことができない音もある。だがそれゆえに福井のベースラインが際立つなど、不足を感じさせるどころか楽曲を新鮮に響かせる。それは全員にプレイヤーとしてのスキルの高さがなければ実現できない芸当だ。刃を突きつけるような緊張感と音圧で魅了した【馬】から、波多野の辿るメロディが優しく響く【おいでよ】へと鮮やかに情景を変える。1曲のなかでリフレインを多用しつつも、様々な景色を見せられるというのは、やはり魔法のようだ。
変拍子や巧妙な展開が盛り込まれた【水面上のアリア】を演奏し終えると、福井が「昔の曲めっちゃ疲れるんだよね(笑)。めっちゃ頑張ってるから」と言い、観客を笑わせる。硬質に響く音色と巧みなアンサンブル、そして3人のコーラスによる鮮やかな景色。心の奥を覗かれるような、何もかも見透かすような波多野の超然とした歌も、彼がこれまでの人生で感じてきた喜怒哀楽のすべてが封じ込まれているからこその深みがある。【花】【もう大丈夫】【物質的胎児】【月】は、波多野がキーボードを使用。3人全員がステージの中央に向き合う。特にリズム隊が波多野の歌と鍵盤を支え、音の器に徹したミディアムテンポの【物質的胎児】と【月】は、涙の泉に静かに沈んでいくような感覚で、妖しく、悲しく、拍手をすることも忘れるほどだった。もし天国という場所が存在するなら、こんな場所なのかもしれない。現実とは思えぬその清廉な空間に、恍惚とせずにはいられなかった。
山口がハンドマイクでテンポよく進める小気味のいい名物MCコーナーから、定番決め台詞「本日も皆さんのこと全力でぶっ殺しにいくんでよろしく!」でラストセクションへ突入、【水曜日/密室】へ。過去曲だと尚更、波多野のヴォーカルの成長を明確に感じ取れる。風変わりさや難解さも、彼らの手にかかれば純粋で知的なユーモアに変化してしまうのだから恐ろしい。そのままドラマティックに【聖者たち】へつなげ、福井がねじこむようにイントロの強烈な低音を鳴らして【アメリカ】へ。この竜巻のように強靭なリズム隊のなかに埋もれないヴォーカルは、見事としか言いようがない。本編ラストの【風が吹いたら】では、ドラムのイントロで自然とフロアからクラップが沸き、波多野はその様子を見てとても嬉しそうな表情を浮かべる。山口も「手拍子が足らんわ!」と曲中で煽るなど、あたたかい幸福感が会場中を包んだ。観客と演者が手と手を取り合い、1曲を演奏し終える。彼らのライヴでこんな光景が見られるようになったのも、『Wall, Window』という作品が生まれたからなのかもしれない。
アンコールで波多野が「ライヴはすごく楽しいものにしたいんだけど、ピープルの“楽しい”は他のバンドの“楽しい”とは違うよね。俺ら何をやっても意味深になっちゃうからさ(笑)。でも【風が吹いたら】みたいに、歌詞がすごく寂しい曲で手拍子が起こるのはうれしい」ととても優しい笑顔で語ると、大きな拍手が起こった。そのときに山口から、この翌日に急遽「裏ファイナル」を下北沢SHELTERで開催することが発表され、開場からはどよめきにも近い歓声が沸く。「今日やった曲は1曲もやらない(山口)」「俺が疲れる、昔の曲ばっかりやるから(福井)」「明日やる曲、リハやってません!(波多野)」と3人全員いたずら坊主のようにきらきらした表情だ。ダブルアンコールでは波多野が「どうしてもやりたい」と前のめりに語り、完成していない新曲を披露するというサプライズも。「あと何十年と(バンドを)やりたいと思ってるから、みんなも何十年と(ライヴに)来てくれ!」と彼が笑顔で言うと、フロアが華やいだ。ラストの【ヨーロッパ】は過去最高とも言わんばかりのエモーショナルなグルーヴが生まれ、その凄まじい音像に身動きを取ることができなかった。
そして筆者は1分でチケットが完売したという「裏ファイナル」にも足を運んだ。あまりライヴで演奏されていない過去曲を時系列で辿るセットリストで、昔の楽曲の緻密で難解なリズムを的確にしなやかに叩きこなす山口のやわらかく力強いドラミングには魅了されてばかりだった。福井も波乗りのように楽曲を乗りこなし、波多野はミスすらも味にしてしまう。昔に比べると現在はかなり余裕も生まれ、楽曲が豊かになり、新たな輝きを放っていた。
MCは雑談のような他愛のない話でリラックスムードのなか笑いが絶えず、【泥の中の生活】では曲中に波多野が急にギターを最前列にいた観客に託して袖に引っ込み、戻ってきたかと思えば颯爽とバナナをフロアに投げ込み、演奏中の福井と山口にバナナを無理矢理食べさせたり、本編後半ではPeople In The Boxの伝説のメタルナンバー【悪魔の池袋】を披露するなど、アットホームな空気でありながらも演奏では適度な緊張感を醸し出し、観客を終始魅了し続けた。特に本編ラストの【気球】の〈これははじまりだよ!/ここは歴史のまんなかさ〉という歌詞は、前日に波多野が言った「何十年と続けていく」という言葉と重なり、また新しく強い意味が生まれていたのが感動的だった。
アンコールは観客から楽曲のリクエストを募り、波多野がフロアから声の上がった【JFK空港】を演奏すると言い、1秒にも満たないギターを鳴らして終了させるなどして笑わせ、【スルツェイ】【サイレン】【バースデイ】の3曲を演奏し幕を閉じた。2日連続で、まったく趣の異なる会場とセットリストで我々を楽しませてくれたPeople In The Box。彼らの巧みな手品に翻弄される、そんなユーモラスで美しい時間が愛おしい。こんなバンドが存在しているという奇跡にも近い現実に、そしてこの歴史がまだまだ続いていくということに、大きな希望と喜びを感じた。