感傷ベクトル-2015.8.7 at 渋谷WWW

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感傷ベクトル
感傷ベクトル リリース記念ワンマンライブ “one+works”
2015.8.7 at 渋谷WWW

バンドであることを証明した2時間、歴史が生んだ祝祭感

取材・文:沖 さやこ
撮影:溝口 裕也

 

田口囁一と春川三咲が「バンド」を組んだのは高校1年生のとき。だが高校3年生のときに春川が脱退し、卒業後にそのバンドは解散した。そのふたりが再度手を組み制作を始めたのは「感傷ベクトル」という「サークル」だった。田口囁一が高校時代に立ち上げた同人サークル、感傷ベクトル。彼はバンドものの漫画を描き、その漫画の作中曲を作ってCDを一緒に売ろうと思い立ち、バンドを脱退した春川に声をかけ、さらに春川に物語を書くように勧める。それが感傷ベクトルが漫画×音楽のハイブリッドサークルとして展開するきっかけであった。彼らは「サークル」として活動しつづけ、2012年にメジャーデビューを果たす。

わたしが彼らと出会ったのは、メジャーデビューから1年少し経った、2013年9月の新代田FEVER。その場で初めて感傷ベクトルの音楽に触れたわたしには、そのライヴは「ステージのなかで蠢いている」ように見えた。彼らの演奏はステージのうえに絵や物語を立ち昇らせる繊細な行為で、だけどそこには個人が抱える荒々しさも沸々としているという、ディスコミュニケーションだからこそ成り立つ美学を孕んでいた。一度だけ行った業界向けのショーケースライヴを除けば、感傷ベクトルにとってこの日は初ライヴだったと、そのあとに聞いた。終演後ふたりに挨拶をし、『シアロア』というアルバムを頂いて、その翌日ふたりにライヴにまつわるインタヴューをした。とてもよく喋った記憶がある。そのときの彼らはライヴに対しても弱腰で、「無理せず少しずつですね」なんて話をした。

その後はイヴェント出演、初の自主企画とライヴを重ね、バンドにとって6回目のライヴとなった昨年8月に渋谷Star Loungeで開催された初ワンマンは、田口の体力を慮り、トークショー並みのMCで休憩を挟みながらなんとか10数曲をやりきっていた。漫画家や小説家としての仕事の合間を縫っての音楽活動はかなりハードだ。だが彼らはサポートメンバーを交えた綿密なリハーサルや少ないライヴ経験のなかで、ひとつひとつを血肉にしていた。そのまずひとつの結実が、今年1月に行われたWWWワンマン。1曲1曲堂々と丁寧に演奏していた姿はとても頼もしかった。5月の自主企画ライヴと同人&コラボ・提供楽曲ベストアルバム『one+works』のリリースを経て開催された今回のWWWワンマンで、彼らはアンコールを入れて21曲を演奏。何より楽しそうにライヴをする姿に、ロックバンドとしての躍動感があり、そこに観客が呼応していたように思う。彼らが立ち昇らせた物語に、観客の入る空間ができた。感傷ベクトルはこの日、自身が「バンド」であることを証明したのだ。

s_117A1266ライヴの幕開けは、前回のワンマンで初披露された新曲【前夜祭】。この時点でメンバーの身体が音に馴染んでいる印象を受けた。田口の歌も太くなり、キーボードの音も凛としている。春川も、サポートメンバーのベントラーカオル(Key/Gt)、グシミヤギ ヒデユキ(Gt)、越智祐介(Dr)も、そんな彼をしっかり支えて、バンドとしての一体感も心強い。続いて春川のベースがクールに響く【forgive my blue】では田口がハンドマイクで、ベントラーはギターを弾く。楽曲ごとに田口とベントラーの担当楽器が変わるところも感傷ベクトルにおいては重要で、これにより更に精密な楽曲の表現が可能になる。ピアノが優雅で都会的な【終点のダンス】はエモーショナルな田口の歌声が、こちらにブーメランのように飛んでくる。ステージだけでなく、会場すべてを使ってライヴができるバンドになったのだと感慨深い。

「3曲やってバテてます(笑)。でも今日は死ぬほど曲をやるので」と語る田口の表情には余裕が見える。5人の作る音にも肉感があり、変拍子を取り入れた【表現と生活】の不安定感が作るスリリングな空気は迫るものがあった。そして田口が「新曲です」と言い、初披露の新曲【黙るしか】を披露。ジャジーなピアノとギターの交錯がアダルティな雰囲気の楽曲だった。グルーヴも心地よく、フロアも自然と音に身を任せる。MCは激ゆるだが、曲が始まればしっかり締まるのも感傷ベクトル。【孤独の分け前】は越智のドラムと春川のベースを中心にダイナミックに展開し、グシミヤギのギターのアルペジオからインスト【死神の子供達】へ繋いでいく。テクニカルなドラムに、緊迫感と繊細さのあるうわもの楽器がたちまち情景を描き、田口は指先に神経を集中させて鍵盤を鳴らす。とめどなく音とともに想いが溢れだすようだ。演奏中に徐々にメンバーがステージを去り、最終的には田口のみがステージに残る。彼は演奏しきると、「ありがとう」と一言告げた。

s_117A1305「ひとりになってしまいました」と呟いた田口は「ちょっと糖分を補給していいですか」と用意していたグミをのんびり食べて一息つく。ゆっくり食べて、という観客の声に対して、「おじいちゃんだからね(笑)。じゃあおじいちゃんがここで、お話をしたいと思います」と彼はおもむろに再びピアノを弾き始める。その瞬間辺り一面が純白の雪で包まれたようだった。「深々と雪の降り積もる森の奥、女がひとり暮らしていました――……」田口は即興でピアノを弾きながら、囁くような透明感のある声でストーリーを読み上げ、【冬の魔女の消息】をピアノで弾き語り。彼の作る音は、彼が頭で描いている情景と合致している。個性的で感傷的なメロディは敏感な感情そのもののようだ。だからこそ瞬時に観客を、その世界へと誘うことができる。そのあとは春川と越智をステージに招き3人でアコースティックで【kaleidoscope】を披露し、「ここからはシリアスに」と再び5人編成に戻り【ラストシーン】。心地よさのなかに切実さが生まれ、ベントラーの煌びやかな鍵盤の音色も素晴らしかった。

MCを挟んでドラムカウントから『シアロア』の1曲目である【ストロボライツ】。田口がエレキギターを弾く姿も様になっている。【エンリルと13月の少年】は緊張感とソフトさの両方が疾走していて、5人全員が音のなかに飛び込んでいるようで爽快だった。本編ラストである【ノエマ】を披露したあと、突如春川が「お客様のなかに赤坂アカ先生はいらっしゃいませんか?」と言い、フロアから漫画家の赤坂アカが登場。そして『one+works』に収録されている“赤坂アカ君大好き倶楽部”のメンバーである、じん(Gt)、白神真志朗(Ba)、ゆーまお(Dr)がステージに現れると、フロアからは大きな歓声が沸いた。同作収録の【ib-インスタントバレット-】と、田口がヴォーカルで参加しているじんの【カゲロウデイズ】を演奏。強力なプレイヤーの作る爆音のなかでも田口の声がしっかり立っていたところも1年前では考えられない成長である。彼らが仲間から愛されながら活動を続けていたことがよく表れている、とても幸福感に満ちたステージ。フロアからも笑顔が絶えなかった。

s_117A1420アンコールは【none】と【Hide&Seek】の2曲。特に【none】の曲の育ち方はかなり感動的だった。思い起こせばわたしが最初に観た2年前のFEVERのライヴでも、この曲のパワーと5人の演奏に、感傷ベクトルというバンドの可能性を感じたのであった。喜怒哀楽がない交ぜになりながらも微かな希望を信じて走ることをやめない人間くささ――いまの感傷ベクトルはそれを外へ外へと力強く鳴らしている。別冊少年マガジンで『フジキュー!!! ~Fuji Cue’s Music~』を連載中の田口、ラジオドラマや漫画の脚本を手掛けるなど精力的な活動をしている春川。この日はこのふたりの表現者としての意識が以前よりも増していることが如実に表れていた。それが「楽しむ」という気持ちと「好奇心」に直結し、「バンド」としての体幹を作っていたのだ。だが「サークル」も「バンド」も創作者であり表現者であることは変わりない。この夜は、バンドとしての喜びを手に入れた感傷ベクトルの、ひとつの結実だった。

◆Latest Disc◆

感傷ベクトル/one+works
2015年7月1日(水)発売
CD2枚組・全31曲
¥3,300+税 VICL-64358

◆Live Information◆
感傷ベクトル“突発”ワンマンライブ『黙るしか』
2015年 9月 20日 (日曜日)@大塚Hearts+
open 17:00 / start 18:00
特設サイト:http://worldend.fool.jp/20150920/

感傷ベクトル official site

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