就職できなかったフリーランスライターの日常(15)

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就職できなかったフリーランスライターの日常(15)
名刺

2016年の秋に作った名刺が、とうとう残り14枚になった。というわけで印刷屋さんに新しい名刺の発注をかけようと慌てて準備をしはじめた。業者さんに印刷やデザインを頼むのは今回が3回目。いつまでこの仕事が続けられるかわからないという理由で最初は200枚発注し、2回目も同じ理由で300枚発注した。今回は「もしかしたら引っ越しするかもしれないな」という理由で、200枚にするか300枚にするか悩んでいる。

名刺。ネットがこれだけ発達した今の時代でも、なお生き続けている存在証明&自己紹介ツールだ。やはり名刺を交換した人は記憶にも強く印象づくし、物質というものにはやはりなんだかんだ力や念が宿るのだろう。邪魔にならない、だけど存在感があるというギリギリのサイズ感も、残り続けている理由であると思う。

思い起こせば、いちばん最初に名刺というものを強く意識したのは、編集部Aにインターンとして通うことになった時期だ(※その頃の思い出についてはコラムの第6回目を参照)。最初の顔合わせで面会したデスクの女性は、挨拶のタイミングで名刺を手渡してくれた。横型で、上半分以上は濃い青色で塗りつぶされている。左上に編集部のロゴが、下半分の白いエリアに社名、住所、名前、電話番号、メールアドレスが入っていた。スタイリッシュで斬新なデザインだなと思った。

okicolumn15_3後日、わたしの教育係として任命されたB氏が、ミーティングの際に名刺を手渡した。B氏のそれは、鮮やかなショッキングピンクで彩られていた。その時わたしは「名刺の色は各自で選べるのか」と察知した。後日ほかの編集部の方々から名刺をいただくと、営業トップの人は赤で、陽気なロック好きの人は橙色、華やかでクラブ系の音楽周りも担当していた人はピンク色――と、それぞれの印象にぴったりのカラーで彩られていた。ピュアな専門学校生には、それがすごくセンセーショナルでクールに映った。

そしてインターンとして現場に同行するなかで、アーティストサイドのスタッフさんから名刺を手渡されることも多かった。だがわたしには名刺がないので、そのたびに教育係のB氏が「すみません、彼女は名刺を持っていないんです」と答えた。B氏は鮮やかなショッキングピンクのスタイリッシュな名刺を渡して友好関係を築いているのに、わたしは持っていないという理由で、自分からつながりを拒絶している。その不本意さに苦虫を嚙み潰したような気持ちになった。

そういう背景もあり、名刺というものへの憧れは強くなるばかり。いただいた名刺を眺めながら「もしわたしがこの編集部に入れたら何色にしようかなあ……。ショッキングピンクにしたいけど、それはもうBさんが使っているから、わたしは鮮やかな青かなあ……」なんて妄想したものだ。まあ、その妄想が現実になることはなかったのだけれども。

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まだHDDに残ってました

編集部Aの入社を拒否されたわたしは、その1年2ヶ月後となる2010年5月にライターとしての活動を開始することになった(※コラム第11回目参照)。となると名刺が必要だ。だがお金もないのでひとまずパソコンで自作することにした。縦で横書きのデザインの名刺をもらうことが少なかったから、マイノリティを狙って個性を出そうと目論んだ。Microsoft Wordに入っていた梅をあしらったデザインのテンプレートに、試行錯誤しながら名前と住所、電話番号、メールアドレスを入れた。電気屋さんでいちばんコスパのいい名刺用紙を購入した。しょっちゅう印刷がずれて、そのたびに用紙とインクを無駄にして、「わざわざケチってる意味がないじゃん!」なんて自分自身にかんしゃくを起こしたりなどした。

2013年の夏に母親が神奈川県小田原市にオープンしたドッグカフェのショップカードを作ってくださった業者さんが、わたしの名刺も格安で作ってくれるとおっしゃった。現在の家に引っ越した2014年の秋に発注し、とうとう自作プリント名刺を卒業することとなる。それまで自分の安っぽいお手製名刺とお世話になる方々の立派なお名刺を交換することに不甲斐なさを感じていたので、プロの方が手掛けてくれることは非常に感動的な出来事だった。縦型に横書きをするスタイルはけっこう気に入っていたので、全面を鮮やかなショッキングピンクで塗りつぶし、文字はすべて白抜きにすることにした。「塗りつぶしは少しコストがかかる」と言われたが、それでも良かった。やはり編集部Aのインターン時代の、B氏の名刺への憧れが消えていなかったのだ。「わたしは全部ピンクにしたんねん!」という勢いである。

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現在のデザイン

その名刺も2016年の秋になくなり、次は伊豆高原/城ヶ崎海岸で沖家がペンションを経営していた時期にお世話になっていた印刷所に依頼することにした。「また同じデザインにしようかな」とぼんやり考えていたときに、某一流企業の若い女性に「わっ、全面色味が……。挑発的ですね(笑)」と言われた記憶がふと脳裏に過った。その引き気味のリアクションに驚きつつも、たしかにふつうはオフホワイトに会社のエンブレムですよね……とちょっと凹んだことまで思い出した。

だけどフリーランスなら、自分が持っていて楽しいものを持ちたいじゃないか。そこで瞬時に思い浮かんだのが「その塗りつぶしを左下の角から右上の角にひいた対角線で、名前を記入していたところを白くしたらどうだろうか」という案だった。印刷所の方に試しに作ってもらったら、前以上にエッジーな印象が生まれ、すごく自分らしいなと大いに気に入った。

けっきょく編集部Aの名刺にインスパイアを重ねたデザインに落ち着いて、ファーストインパクトの衝撃とは何年たっても拭いきれないものなのだな……と失笑してしまった。だが憧れを自分なりにカスタマイズでできたことに満足している。そして編集部Aには就職できなかったが、あのインターン経験がなければ今のわたしはないだろう。こんな小さい名刺ひとつに自分のライター人生の歴史が詰まっていて、それをはじめましての方々に手渡せるのは、とても大きな喜びである。

illustration:沖 丈介(Twitter @Jyosuke_desu

就職できなかったフリーランスライターの日常 過去ログ

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