長距離移動するフリーランスライターの光陰 (6)

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長距離移動するフリーランスライターの光陰
(6)フリーランスとアクシデント

 

フリーランスは自由だ。自分の起きたいときに起きて、やりたいときにやりたい仕事をする。この日に休もうと思えばすぐ休めるし、毎日相性の合わない上司と顔を突き合わせる必要もない。どんなところにだって飛んでいける。この生き方は自分の性に合っている。

だがその自由は「守られていない」ことと引き換えに得られるものだ。仕事中にケガをしても労災は下りないし、ボーナスや有給休暇もない。クライアントがいなければ仕事は得られず、クライアントからの指示や要望に応えなくては次の機会をもらえることもない。安定した収入は約束されないし、健康保険料も医療費も高い。自分の身は自分で守らなければならない。

会社員経験がないわたしは、そんなことはわかりきっているはずだった。だがこの守られていない事実を、1ヶ月で2回も突きつけられることになった。2022年2月に取材で新型コロナウイルス陽性者の濃厚接触者となり、3月には自宅で仕事中に足の小指を骨折した。

kyorifuko6_2取材相手が新型コロナウイルスの陽性者だったという連絡をもらったのは、取材の翌日の夕方だった。その人物は昼にわたしとのインタビュー取材を終えたあと、その夜に急な発熱に襲われ、喉の痛みで声が出せないという。

取材時間は1時間。わたしは二重マスクをしていたが、取材相手は写真撮影のためにその間ずっとマスクを取っていた。さらに騒音をシャットダウンするために、窓とドアは閉まっていた。相手とわたしの距離は2m以上離れていたものの、陽性者がマスクをしていなかったことと換気が行き届いていなかったため、濃厚接触者と認定された。

予定されていた仕事はすべて飛び、これまでに感じたことのない恐怖に襲われた。わたしは基礎疾患持ちの高齢者である母と同居をしている。母に移してはなるまいと、2020年1月から予防に予防を重ねた。会食にも行かず、人混みを避けるために電車移動はすべて優等車両を使い、こまめに手を洗いハンドクリームを使い、歯みがきとうがいにも余念がなく、喉の潤いをキープするために水分を摂取し、購入品は一度中世洗剤で洗うかアルコールで拭き上げ、外出時は二重マスクを着用。2021年夏まではコンタクトも使わないようにしていた。

kyorifuko6_3ここまで予防をしている自分が、一瞬で濃厚接触者になった。楽しみにしていた取材に行けないだけでなく、わたしが感染のリスクを孕んでいる限り母を危険に曝すことになる。そりゃないぜ。悲しみとくやしさ、何よりも漠然とした恐怖と不安でいて混乱していた。

すぐ母に連絡し、自宅待機期間7日分の抗原検査キットを購入してもらった。ひとつ1500円で計10500円。飛んだ仕事のギャラはウン万円。部屋から出られないため動けず太っていく。今のところスーパー健康だがいつ発症するかわからない。身体のなかに制限時間が隠された時限爆弾を抱えているようだった。

とはいえ陽性反応の出た取材相手も被害者ではある。その人に文句を言うつもりはない。だが「取材現場で一緒になる人間が濃厚接触者にならない環境を作るべきだった」という後悔は大きかった。

kyorifuko6_4濃厚接触者にならない環境で対面することは、今の時代ならではの優しさだと思う。もちろんお相手がマスクをしていなければ表情や口元が見えるためインタビューもしやすいが、もしわたしが陽性者であれば、お相手の7日間を奪ってしまうどころか、お相手を危険に曝してしまうことになる。いくら若者は軽症である確率が高かったとしても、ただの風邪もつらいじゃん。長引くじゃん。

次々と変異していく未知のウイルスが相手なのだから、石橋を叩いて渡るくらいでいいのだと思う。取材現場で最もリスクが高かったわたしも、陽性反応が出ないまま無事に自宅待機期間を終えた。自宅待機中、仕事をしている時間だけは自分が濃厚接触者であることを忘れられた。仕事が気晴らしになるなんて思いもしなかった。健康体なのにずっと座っていたのでとにかくお尻が痛かった。自宅待機が明けてもお尻の痛みは10日ほど続いた。

お尻の痛みも引き、毎日のウォーキングで7~8km歩き、濃厚接触者時に太ったぶんを元に戻せた3月中旬。足の小指を骨折した。

複数の媒体さんの仕事を並行していて、せわしない時期だった。暖かくなってルームシューズを脱ぎ、5本指ソックスだけで過ごしていたわたしは、資料を取りにデスクトップPCのある書斎へと小走りで向かった。

その部屋に入る瞬間、柱に足を強打した。大人とは思えないほどの大声を出した。すぐに湿布を貼ったが、痛みが治まる様子がない。家にいた母に氷嚢を作ってもらった。

「病院に行ったら?」
「〆切や取材が立て込んでるから、行く時間なんてないよ」

そう答えるものの、しばらく冷やしていたのにもかかわらず、立ち上がろうとすると歩けない。その瞬間、友人から聞いた「足の小指を角にぶつけて骨を折った」という話を思い出した。ネットで調べてアクセスした記事には「放置して足のかたちが変わってしまった」という記載。すぐに近所の整形外科に問い合わせた。その日の最終時間に診てもらえることになった。

kyorifuko6_6レントゲンの結果、足の小指の先の骨が関節まで折れていた。足の先端を締め付けてはいけないため、次の日に足を引きずりながら踵のあるオープントゥのサンダルを買いに行った。激痛のなかテーピングを巻いた状態でも履けたのは、普段のわたしなら絶対に買わないし履かないデザイン。レジで値段を見てさらに落ち込んだ。

とにかくひたすらに謝罪をしてライブレポートを1本キャンセルし、外出用に爪先の開いたタイツことトレンカをAmazonで注文した。「誰が履くねん、タイツでええやろ」と思っていたトレンカに、こんなに感謝をする日が来るとは思わなかった。取材には取材先の最寄り駅からタクシーで向かった。帰りは編集さんにタクシーに乗せてもらった。エスカレーターがこんなに怖いものだとは思わなかった。

あたたかくなってきたタイミングで部屋から出られなくなり、部屋から出られるものの足が不自由で、足が濡れてはいけないタイミングで雨がよく降るようになった。「自分はついてない」と思わないようにしているわたしでも、ため息混じりに「ウチは世界一不幸な女や……」とじゃりン子チエさながらの独り言を零した。

フリーランスは自由だ。自由と引き換えに防御がない。それゆえアクシデントが起こると時間もお金も貴重な機会も奪われるし、さらには周りの人に迷惑を掛けてしまう。できればアクシデントなんかに巻き込まれず、日々を淡々と過ごしていきたいものだ。

だがアクシデントがあったらあったで、こうやって話の種にもなるのも事実。何かを得るためには身を削る必要があるのだ。そんなことを思いながら、足の小指のテーピングを取り換えた。

 

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