挫・人間『テレポート・ミュージック』

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ALBUM(CD)
挫・人間
『テレポート・ミュージック』
2015/08/26 release
redrec / sputniklab inc.

2年という時を経て完成した
度が過ぎるほどの自我がもたらす劣等感と音楽愛の結晶

 

待ってました! 挫・人間、約2年振り、通算2枚目のフルアルバム! 2年前に【人類】のMVを見たときの第一印象は「奇抜」。わたしは個性的なものは好きだが、奇抜なだけものや品のないものはあまり興味がない。だがたった一度だけ聴いた【人類】の、苦虫を噛み潰したような感覚が、どうしても忘れられなかった。あの屈辱感や劣等感や狂気は虚構でもなんでもなく、ただただひたすら痛々しいくらいに生々しかった。あの訴えるような彼らの音楽が、わたしの身体のなかにじわじわと広がっていった。

最新作『テレポート・ミュージック』は前作『苺苺苺苺苺』と少しベクトルが違う。『苺苺苺苺苺』はバンドの我(が)が炸裂しまくった、良くも悪くも独りよがりな作品で、だからこその爆発力や攻撃力が汚らしくも美しいものである。今作『テレポート・ミュージック』ははちゃめちゃ具合は残しつつ、彼らの音楽的なキャパシティの広さと、他者に向けて音楽を発信する自覚ととめどない音楽愛を存分に感じられる作品だ。

アルバム・リリース前に【セルアウト禅問答】、【可愛い転校生に告白されて付き合おうと思ったら彼女はなんと狐娘だったので人間のぼくが幸せについて本気出して考えてみた】、【下川最強伝説】の3曲のMVが公開され、1曲目を飾るNHK Eテレ『念力家族』のテーマソングである【念力が欲しい!!!!!~念力家族のテーマ】が先行配信されたので、アルバム・リリース前に計4曲を聴くことができたのだが、まずこの4曲だけでもまったくタイプの違う楽曲が揃ってるところに驚くだろう。ここまでバラエティ豊かだとアルバムは散漫とするのでは? と思う人もいるかもしれない。まず、アルバム13曲ではこの4曲以上の広い音楽性を味わえるし、この4曲だと散漫とした印象を持つかもしれないが、不思議なことに13曲が集合するとその散漫さはほとんど感じられない。これが挫・人間が奇抜で終わらない理由のひとつである。ジャンルを限定せずに音楽的な造詣が深く、それを全部 “挫・人間” という世界にまとめてしまう強引に近いパワーがある。痛快だ。


挫・人間「可愛い転校生に告白されて付き合おうと思ったら彼女はなんと狐娘だったので人間のぼくが幸せについて本気出して考えてみた」

音楽的な基盤になるのはOKAMOTO’Sや黒猫チェルシーと同様の初期のロックンロールやブルース、あとは80年代のニューウェーヴなどなのだが、彼らはそこに様々なアイディアや様々なジャンルの音を盛り込んでユーモラスに昇華する。そういうセンスや思考は爆弾ジョニーと似た匂いを感じる。【オー!チャイナ!】は中華風のギター・リフや銅鑼、〈チャイナ〉という言葉の響きを活かした歌詞に、THEE MICHELLE GUN ELEPHANTの【ハイ!チャイナ!】をオマージュしたであろうタイトルにと、一見悪ふざけに見えるかもしれないが、それをしっかりとまとめあげる演奏力と世界観の構築は見事である。【可愛い転校生~】はギロを入れたボサノヴァ的な側面があり、【十月の月】は打ち込みの電子音を前面に出し、淡々としたヴォーカルと憂いのある日本的なメロディが月のイメージと合致する、ナイーヴでありながら鋭さも持つ楽曲。【下川 vs 世間】はヒップホップだしラップのクオリティも高いし、これはミクスチャーロックと言っていいのでは? 下川リオの声質も影響して、初期のスケボーキングも思い出す。


挫・人間「セルアウト禅問答」

と、1曲1曲がしっかりとした表情を持っているので、13人の強烈な生徒が揃って喚き散らした狭い教室に迷い込んでしまったような感覚だ。いまアルバムを“教室”と例えたが、やはり下川リオの作る音楽には思春期の彼が重なる。下川少年の自意識と成人した彼の自意識がせめぎ合う濃密なパーソナリティを、ここまで外向的に昇華できたのは2年間という歳月の賜物だろうか。このアルバムのジャケットは非常にシンボリックだと思うが、挫・人間の音楽がコミュニケーションとして動き出した印象がある(手を握っていないところも、それがすごくよく表れていると思う)。劣等感をまき散らすだけでなく、劣等感を持っているからこそ見えるポジティヴなものも表現されており、下川の脳内の葛藤が、すべて音楽になっているのが『テレポート・ミュージック』だろう。先程「13曲が集合するとその散漫さはほとんど感じられない」と書いたが、それはこの13曲トータルで下川リオという人間の自意識が表現されているからかもしれない。だがまだまだ下川リオはいろんなものを抱えているだろうし、挫・人間というバンドもいろんなテクニックや音楽性を隠し持っている気がする。赤裸々でいて、とても謎が多い。そんな彼らのことが、やっぱりどうしたって気になってしまう。(沖 さやこ)


挫・人間「下川最強伝説」

 

◆Disc Information◆

挫・人間/テレポート・ミュージック

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