就職できなかったフリーランスライターの日常(7)

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就職できなかったフリーランスライターの日常(7)
ライヴとゲストパス

インターンとして経験したこととして最も印象に残っているのはライヴだ。当時は現在よりもお金がなかったため、血を吐く思いをして捻出した資金でライヴに行っていたわたしにとって、無料でライヴに行けることはとても新鮮なことだった。なんなら悪いことをしているような気持ちにもなった。

学生時代にもインビテーションと言われる招待券でライヴに行くことはあったが、メディア関係者として会場に行くのはそれとは訳が違った。ご存知の方もいらっしゃるだろうが、だいたいのライヴには終演後にアーティストとの挨拶タイムが存在する。楽屋に案内されてご挨拶をするもの、客席にアーティストが現れご挨拶するもの、中打ち上げといって飲み物をいただいて乾杯するもの、の3種類が主な終演後の挨拶のパターンである。インターン先でわたしの世話役だったB氏は持ち前のコミュニケーションスキルでアーティストと談笑し、ライヴの感想を話したり世間話などをしていた。場違いであることを自覚していたわたしは、B氏の背中に隠れてその様子を見ているのがやっとだった。ついさっきまでステージで演奏していた人が半径2m以内に存在することすら、信じがたい現実だったのだ。

スタッフパスのイメージ画像

加えて、当時のわたしにとってライヴで特別なものと言えば「パス」。パスとはゲスト(招待客)やプレス(取材班)、スタッフ、出演者としてライヴ会場に入る場合に配布されるサテン布製のシールのことである。当時のわたしにとってパスと言えば、これまでライヴを観てきたアーティストが腿のあたりに貼っている、音楽業界の人間の勲章のようなもの。だからこそできることなら貼らずに持ち帰りたかった。だがB氏の観察眼は鋭く、こそこそとカバンにしまうわたしに「ちゃんとパス貼りな」と釘を刺した。

「はい」と答えたわたしが周りを見渡すと、こなれた感じの大人たちがトップスの下のあたりや、ジーパンの腿のあたりにパスを貼っている。「業界人でもなんでもない、田舎者で引っ込み思案で挙動不審、右も左もわからない学生のわたしが業界のひとたちの真似をしたら、絶対イキってると鼻で笑われる……!!」と不安になり、B氏に恐る恐る「どのあたりに貼るのがいいんでしょう……?」と訊ねた。B氏の返答は「胸元に貼りな」というものだった。

胸元……? ダサくない……? と思い周辺を見渡すと、胸元に貼っている人間なんてひとりもいない。だが逆らうわけにもいかず、言われた通り胸元に貼った。そのあとB氏を見ると、B氏はパスを手の甲につけていた。それを見てまず「自分は胸元に貼らんのかい!」と思ったが、それ以上にその光景が衝撃的だった。パスを素肌に貼る発想が当時のわたしにはまったくなかったからだ。パスが貼られた手でB氏が前髪を触る仕草がなんだかすごくかっこよくて、同時にパスを胸元に貼っているわたしのダサさがちょっと悔しくて、なおさらその姿に憧れた。

終演後に会場のスタッフさんから「パスを回収します」と告げられ、胸元のパスを剥がした。そのとき着ていたのがカーディガンだったため、見事に剥がした部分が毛羽立った。

2009年の夏ごろ、音楽ライターのC氏(仮称)から連絡をもらい、C氏のアシスタントの仕事をするようになった(※このへんの詳しい話は次回のコラムで)。そこから数ヶ月後、初めてひとりで行ったライヴの現場で、ちょっと背伸びをして手の甲にパスを貼ってみた。あんまり綺麗に収まらなかった。慣れてないのが丸見えだ。照れくさいような、ちょっと大人になれたような、そんな感覚だった。

いまも手の甲にパスを貼るたびに、あのときの気持ちをふと思い出す。たぶんわたしはこれからも、どんな現場でも左手の甲にパスを貼るのだろう。と、うだうだ長々語ったけれど、ただ単にもう左手の甲に貼るのがクセになってるだけだったりもする。

(※やはりインターン生活でいちばん刺激的だったのはライヴの現場でした。いまでもライヴに行くと当時のことを思い出すことが多いので、初心に返るという感覚はこういうことなのかな、と思います。次回のコラムは、就職できないまま学生という肩書きがなくなったわたしが、今回のコラムにも登場したC氏と出会ったターニングポイントについて)

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