長距離移動するフリーランスライターの光陰(5)

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長距離移動するフリーランスライターの光陰
(5)Tシャツが似合わない

 

Tシャツが似合わない。もっと言えばカジュアルな服が似合わない。これは音楽の世界、もといバンドシーンにおいてかなり痛手だ。

14歳でBLANKEY JET CITYやTHEE MICHELLE GUN ELEPHANT、Dragon Ash、Radiohead、Marilyn Manson、Bjorkの音楽に出会った。それまで聴いていたJ-POPに片足を残しつつも、ずるずるとバンド、ミクスチャー、ヒップホップへと傾倒していくようになった。

音楽の趣味はファッションにまで影響が及ぶ。わたしが心を奪われた音楽を演奏する人も、その音楽を愛する人も、大きなくくりをするならばカジュアルなファッションに身を包むことが多かった。

kyorifuko5_1特にバンドと言えばTシャツ。通称バンTである。国内外問わずバンドという形態で活動するアーティストは、マーチ/アイテムとして自分たちのバンドロゴやモチーフをあしらったそれを販売し、ミュージックラバーたちはそれを着て、自分たちの音楽嗜好や音楽愛を表現する。大ブレイクしているアーティストのライブで、ブレイク前のツアーTを着ている観客は周りから一目置かれたり、稀に「古参アピ」と揶揄られたりするものだ。

フェスやライブハウスは軽装が推奨されているため、特に2000年代まではバンドのライブにTシャツで参加する人が非常に多かった。わたしもそこに準ずるようにしてきたが、ある時気付いてしまったのだ。自分の顔と体型は、驚くくらいカジュアルなファッションが似合わないことに。

それから人前でTシャツやジーパンを着ることがなくなった。そのうちに、自分にフィットする服を着ることでしか得られない充実感を知った。ラバーバンドもリストバンドもリュックも似合わない服を着ているので、バンドのマーチやアイテムもほとんど買わなくなった。ライブハウスでもフェスの会場でも浮いていた。それでも自分が似合う服を着たかったし、それでいいと思っていた。

だがバンTが着られないこと、着ていないことをスーパー後悔するシーンがある。インタビュー現場だ。カメラマンさんとは違ってインタビュアーは座って話を聞くだけで、軽装である必要がない。それなのにバンTが着られたほうがいいのは、「現場での会話が盛り上がるから」である。

ある日のインタビュー取材のこと。編集さんの後に続いてアーティストの待つ会議室へと入ると、挨拶もそこそこにアーティストが目を輝かせながら編集さんへと話しかけた。

「そのTシャツ、○○のじゃないですか。見たことないデザイン」

アーティストがまず反応したのは編集さんの着ている海外バンドのバンTだった。編集さんとアーティストの談笑のゴングが鳴った。

kyorifuko5_2こうなるとブラウスにスカートを着て、ヒールを履いているわたしは完全にオーディエンス。その会話を聞きながら微笑む賑やかし担当となる。だがおふたりの話が弾めば弾むほど、この後インタビュアーとして会話の相手をバトンタッチされるのはなかなかハードルが高い。首元にじんわりと汗が滲む。

談笑がひと段落ついて取材の流れになり、先ほどの朗らかなムードはどこへ行ってしまったのかと思うほどに真剣な空気に切り替わりインタビューが開始。小一時間ほどして取材が終了した途端、アーティストは編集さんへ視線を向ける。

「やっぱり○○はあの時代が好きなんですよね」

取材前の談笑のアンコールが開幕した。そのアーティストはインタビュー中も、バンTきっかけの話の続きをしたくて仕方がなかったということだろう。自分のインタビューの力量不足を反省しつつ、バンTがあるだけで、これだけアーティストの気持ちを掴んでしまうケースがあるのだと目の当たりにした。

バンTで現場に行く人は、現場にいるアーティストの好きなアーティストをリサーチして、それに合ったバンTをチョイスすることも多いという。そのアーティスト本人の、過去のツアーTシャツを着ている人もしばしばだ。ライブの終演後の挨拶で、ひとつ前に並んでいた人がアーティストから「うわあ~! 僕らの5年前のツアーTじゃないですか! 本当にありがとうございます!」と笑顔で大歓迎されている光景を見掛けることも多々ある。そういうシーンを見ていると、やっぱりちょっとうらやましい。

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バンTは着られないが、取材するアーティストに合わせて服装を選ぶようにはしている。ガールズグループの現場ならばドレッシー寄りの服でもOKだし、パンクバンドならば少し派手な柄のシャツなどパンチがあるアイテムを入れる。文学的な歌詞が売りのバンドでは文化系の香りがするようにまとめるし、「青」をテーマにした作品を作ったアーティストならば青い服を着ていく。TPOに合わせて服を選ぶのと同じように、自分に出来る範囲でお相手に合わせた服装選び。お洒落さんなわけではないが、これに悩む時間も楽しい。

バンTが似合わないことを憂う気持ちも多々あるが、そのおかげで脳を使えると考えれば悪いものではない。そうこう言ってもバンTが似合うことに越したことはない。ロンT着て気だるいムード出してみたいし、キュートかつかっこよくシャツインとかしてみたい。キャップから前髪を覗かせてみたい。そんな気持ちを抱えながら、今日もスカートを翻してブーツで現場に赴くのであった。

 

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