長距離移動するフリーランスライターの光陰 (7)

LINEで送る
Pocket

chokyori_main

長距離移動するフリーランスライターの光陰
(7)お金の使い道

 

「この前母と話していたんですけど。ある程度の年齢になったら、安い服を着ていると恰好悪いですよね」

そう言った編集さんの目の前にいたわたしは、1800円のワンピースに980円のカットソー、300円のタイツ、3000円のブーツを身につけた31歳だった。

「あっははは、そうですねえ」

動揺を悟られないように、不自然な笑いで誤魔化した。彼女がこう言うということは、わたしが激安物を着ていることがバレていないからだろう、いや、バレているから遠回しに「恥ずかしい恰好をしてくるな」と釘を刺されているのか……? そんな思考にとらわれてか、その後の会話のことはあまり覚えていない。

kyorifuko7_1就職できなかったわたしは、ライターで食えるようになるまでにかなり時間が掛かった。20代後半で周りが家を買うようになるのに、誰でも通ると言われるクレジットカードの審査にも落ちる自分は、毎日のように「この仕事で食うことを諦めるべきなのではないか」と悩んでいた。そのあたりの話は前シリーズの身の上話コラムでも書いている(※単行本をBASEにて好評発売中!

特にお金がなかったのは2011~2016年。だがいくら稼ぎがないとはいえ、アーティストと面と向かって話を聞く仕事をしている人間だ。編集部のメンツも含めて、みすぼらしい服は着られない。年に2回ほど、服飾デザイナーとしてのキャリアを持つ母のアドバイスをもらいながら、しまむらと今はなきHANJIROにて2000円以内で値段以上に見える、自分の身体に合った服をなんとか見つけ出していた。どんなに素敵でも値段が高ければ諦めた。どんな服が着たいかを選ぶ余裕なんて、これっぽっちもなかった。

ほかの同世代と比較するとおしゃれに気を使えないという劣等感や、結婚式でヘアセットや洋服にお金を掛けられないことで新郎新婦に恥をかかしているという罪悪感もあった。だがお金がなくてそれ以上に悲しかったのは、大切な人たちのためにお金を使えないことだった。

kyorifuko7_2友人の結婚祝いやご祝儀に満足なお金を包めなかった。ワンタンマガジンを作ってくれた友人たちや、撮影に協力してくださったフォトグラファーさんたちに相応のギャランティを支払えなかった。同級生がなけなしのお金で必死こいて作って売った作品も買えず、旅費が払えないから地元に帰った同期の家に遊びに行けず、友人が初めて企画した催し物に参加することもできなかった。友達やお世話になる人にお金を使えない自分が、とにかく不甲斐なくて恥ずかしかった。気まずさから、少しずつ疎遠になっていった。

この貧乏期間が、最も時間もなかった。朝5時起きで時給910円の社内売店バイト、深夜2時までフル稼働の月給2万円のwebサイト更新のバイト。取材の時は超絶時間の掛かる激安ルートで都内まで通い、無料駐輪場があって旅費が安くなる10km先の駅まで原付を走らせた。一人暮らしなんて夢のまた夢の経済状況だった。さらにどこにいても立場が弱く、ちょっとしたことで激昂が飛んでくる。みるみるうちに体調を崩していった。毎日泣いていて、家族を除くわたしの最大の理解者からは毎日のように「そんなつらい思いをしてライターを続けることないんじゃない?」と言われていた。それでもこの仕事を続けたかったし、状況が良くなることを夢見ていた。

そこからじわじわと、本当に少しずつ仕事が増えてきて、ようやく安定しはじめたのが2019年。コロナ禍突入直後に月収2万円の月があったが、給付金や支援金のおかげもあり、不安定な2年間を経てなんとか持ち直して2022年を過ごしている。

kyorifuko7_3半年に1回の歯科検診を受け、何も考えずに2500円を支払い、外に出たとき、ふと思った。「ちょっと前まで2500円を払うのもひと苦労だったな」。午前10時のやわらかい陽だまりが、自分の身体をいたわるためにお金を使える幸せにスポットを当ててくれたのかもしれない。

今でも5000円以上の服を買う時は緊張してしまう。今使っているノートパソコンの持ち運びケースがダサいし重いし、猫が爪を研いだ跡もついているから買い替えようとAmazonで調べてみたが、おしゃれで軽いものは衝撃に弱いようで購入を見送った。買ってすぐに猫が爪を研いだのも思い出である。

フリーランスライター。不安定な仕事だ。贅沢なんてできなくていいし、するつもりもない。お世話になっている人や愛犬愛猫にお金を使えて、そこそこのお値段のお気に入りの服を着て、躊躇せず病院に通えて、「誰かの力になりたい」と思った時に雀の涙ほどではあるが寄付できる程度の経済環境が、この先も普通であってほしいと切に願っている。

 

◆「長距離移動するフリーランスライターの光陰」記事一覧

 

◆Information
shokufuni_coverエッセイ本『就職できなかったフリーランスライターの日常』
文庫本 216ページ 湾譚文庫
価格:980円(税込)/BASE 1250円(税込)
送料:250円

文庫本216ページ。ワンタンマガジンに掲載された『しょくふに』を大幅にリアレンジし、ここでしか読めない書き下ろしを2本プラス。さらにnoteに掲載した選りすぐりのテキストのリアレンジ版を掲載しています。しおりつき。売上金は全額ワンタンマガジン運営費に計上いたします。

◎BASEでのご購入はこちらから
OTMG Official Shop
クレジットカード、Amazon Payなど様々なお支払いに対応しております

◎お得な直接購入の詳細はこちらから
エッセイ『就職できなかったフリーランスライターの日常』を書籍化!

◆SNS
Twitter:@s_o_518
Instagram:@okiniilist @s_o_518
note:@sayakooki

LINEで送る
Pocket