長距離移動するフリーランスライターの光陰 (9)

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長距離移動するフリーランスライターの光陰
(9)文字起こしアプリ

 

「文字起こし」や「テープ起こし」とは、音声を聞いてそれを文字に変換していく行為である。ライターさんのアシスタントをしていた頃、唯一ギャランティが発生するのが文字起こしの仕事だった。現場に帯同することは皆無だったわたしは、ライターさんのインタビューの文字起こしを通してインタビューの空気感を知り、「自分ならこう返答があったときにどんな受け答えをするだろうか」と想像していた。修行の場だったように思う。

自分がライターとして活動するようになり、1年目から運良くインタビューの経験を積む機会に恵まれた。ゆえに「文字起こしをさせてもらえないか」という営業を頂くことも少なくなかったが、お断りを続けていた。その理由は文字起こしのギャランティを支払うと赤字になってしまうというのもあるが、文字起こしはその場にいた自分が、その場の空気感ごと文字に封じ込めるべきだと信じて疑わなかったこともある。

文字起こしは「ICレコーダーで音声を聞きながら、それを文字に起こしていくだけ」とお思いの方々も多いかもしれないが、それだけではいかないのが奥深く罪深いところだ。人間の話し言葉は、そのまま文字にすると意味が通じないことや乱雑な言葉になってしまうことも多いし、聞き返してみるとどういう意味で発した言葉なのか理解しづらいことも多々ある。そもそも本人の発言が聞き取りづらいこともある。それらを読み物に着地させるためのいろいろを含めて「文字起こし」である。

だが人の言葉を触るという行為は非常に繊細で、その人が使わないであろう言葉を使うと、読み手に違和感が出てきてしまう。だが文章にする以上「読み物」にしなくてはならない。聞き直しや確認を含めると、1時間の音声を文字に起こすのには6時間以上掛かることがほとんどだ。

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テープ起こしのソフトが語られ始めたのは2013年くらいだった。おすすめされたソフトを取り入れてみたものの操作が面倒で重く、誤変換も多かったため「自分で起こしたほうが早い」と判断しすぐにアンインストールした。それ以降も「その場で会話をした自分が文字起こしをすることが正義だ」と、文字起こしソフトには懐疑的だった。

だがありがたいことにここ数年はライター業のみで忙しくさせていただいているため、文字起こしに取られる時間の多さと、文字起こしによる腱鞘炎の悪化がネックになっていった。そんなときに知ったのがLINEのCLOVA Noteというサービスだった。2022年5月のことだった。

ダウンロードなどが必要なほかの文字起こしソフトは異なり、CLOVA NoteはLINEのアカウントがあればすぐブラウザで使用できるという。音声の内容やデータの流出などがあるのではないかと抵抗もあったが、大手企業のサービスならば、ほかのツールよりはセキュリティ対策もなされているのではないかとも考えた。

興味本位で使用してみたところ非常に使い勝手が良かった。音声アップロードは300分使用可能で、サービス提供当初から誤変換もそこまで多くなく、AI学習も発達しているためか日々変換の性能が良くなっている。もちろん言葉を「読み物」に変換するのはこちらの仕事だが、文字入力の行程がここまでカットできるのは非常にありがたい。「ヒップホップ」や「TikTok」、「タイアップ」、「フィーチャリング」など音楽でよく使われる単語を登録することでスムーズに変換されるようになった。声の識別もしてくれる。

それ以外にも便利な機能が揃っている。ここまで便利な文字起こしアプリも珍しいのではないだろうか。おまけにこれが無料ときたもんだ。お金を払わせてくれ。

インタビュー原稿を作る際に文字起こしソフトを使用することで、最も利点を感じたのは「がんがん思い切ってカットできること」だった。その場に起こったことが文字として捉えられることで「このくだりがないほうが、このアーティストの良い部分や、話の本質を際立たすことができる」という客観的な判断ができるようになったのだ。それはこれまでの自分に圧倒的に足りないスキルだった。

やはり自分で対話をし、それをいちから文字起こししていると話の一つひとつに愛着が湧いて、どれもいい話だから置いておきたくなる。特に文字数がそこまで制限されていないwebメディアだと、そこに甘んじてしまう。それもひとつの思慮のかたちではあるが、すべてを生かしてしまうと間延びしてしまうこと、本質が届けられないこともしばしば。文字起こしアプリはより良い原稿を作るための手助けをしてくれていると実感している。

文字を打ち込む作業が減ったため、腱鞘炎もだいぶ緩和した。テクノロジーを上手に組み込むことは、今の時代において豊かな生活を送るための第一歩なのかもしれない。

 

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