People In The Boxが最新2作で説く多義的な物語 ――波多野裕文の感性と知性を探る(前編)
◆ライヴでの演奏が楽しくなくなっていた時期があった
――『Ave Materia』(2012年11月、フルアルバム)前後の約1年間、People In The Boxはハイスイノナサの照井順政さんをサポートギタリストに招きライヴを行い、波多野さんはハンドマイクで歌うシーンもありました。あの経験がいまの波多野さんに生かされている部分があるのでは、と思うのですがいかがでしょうか。
ありますねー……。あのころは本当に、ライヴで演奏することにおいて、自分が到達したいと思うところまでが遠すぎて、フラストレーションがたまっていく一方だったんです。いろんなことがキャパオーバーになっていたので、演奏が楽しくなくなってきて。でも音楽はいくらでも出てくるし、音楽が出来ていくので、活動は止めるわけにはいかない。ライヴで全部やろうとして、全部うまくできてない感じになって……ライヴで演奏するにあたって、僕ちょっと仕事が多いんですよね(笑)。
――そうですよね。「波多野さんはライヴだと3人いるのかな? どうしたらあれを弾きながら歌えるんだろう」といつも思っています。
いや、僕も信じられないですね……ふたつのことをいっぺんにするのが、すごい苦手なので(笑)。
――えっ、嘘でしょう!? あんなライヴをなさっていて、全然説得力ないですよ(笑)。
あれはね、残念ながら練習の賜物で。全然余裕じゃないんです(笑)。CDではいろんな録り方をしているので、ライヴで同じアレンジで演奏すると音が薄く感じちゃうんです。だからアレンジを変えて、練習して、次回作のことも考えて……という感じで、当時は救いを求めて(サポートギターを照井に頼んだ)、という感じでしたね。
――あのときに波多野さんが演奏の役割を照井さんに任すことができたことで、それから波多野さんのヴォーカリストとしての側面がどんどんスキルアップしていると思うんですよね。
ああ、やっぱり歌に関してはいまも歌いたいように歌えてない……というフラストレーションが、ずーっとあるんですけど。あのときは歌ともっとしっかり向き合う時間が必要だとも思っていて。
――それ以降の波多野さんは喉ではなく身体の芯の部分で歌ってらっしゃるというか。そういう、波多野裕文という人間的な深さを感じるので。
やっぱり歳を取って喉で歌うのはしんどくなってきたし(笑)。……その前からずっと「歌う」ということや、「“歌”ってなんだろう?」ということを考えてはいたんですけど、それを実践する余裕がなくて。これを続けていくと多分だめだろう……という危機感はすごくあったんですよね。だからあのときピンで歌えた経験があるかないかは、すごく大違いだと思います。