cinema staff 『WAYPOINT E.P.』
EP(CD)
cinema staff
『WAYPOINT E.P.』
2015/10/28 release
PONY CANYON
「過去」と「これから」をつなぐ、バンドの分岐点
若かりしころ、何かを始めるきっかけ。それは大体、自分の欲求や直情的なものだと思う。例えば音楽家ならば、とある音楽を聴いて感銘を受け、自分も同じようなことがしたいと思い楽器を手に取るというパターンや、小さい頃の習い事のピアノをさらに極めんべくその道のプロと進むようになるパターンなどなど……様々な状況が存在すると思うが、音楽家にとって音楽はもともと、自分の欲求を満たすためのものだったはずだ。だが音楽家の活動が続き、その規模が拡大していくと、それに比例して音楽は多くの人々に届くようになる。「自分のための音楽」が少しずつ、「聴く人のために存在する音楽」という意味も持つようになるのだ。cinema staffの新作EP『WAYPOINT E.P.』の表題曲は【YOUR SONG】。「あなたの歌」だ。今年リリースされたフルアルバム『blueprint』のリリースツアー「land=ocean」のファイナルであるZepp DiverCityワンマンで、ギターヴォーカルの飯田瑞規がメンバーを代表して「誰かのために音楽をやっていきたい」と語った。その想いを楽曲へ昇華したのが、この曲である。
cinema staffは2013年初夏に『望郷』という彼らの活動におけるひとつの集大成的作品を作り上げてから、様々なトライを重ねている。TVアニメ『進撃の巨人』後期エンディングテーマの書き下ろし曲【great escape】は亀田誠治をプロデューサーに招いて制作された。外部プロデューサーを招くのは彼らにとって初めての経験だった。それを機に彼らは自らの表現を守りながらも、少しずつその視線を外へと向けてきた。ライヴでも観客と向き合うようになり、牽引していく姿勢が表れ、それが作品として結実したのが2014年にリリースされたフルアルバム『Drums, Bass, 2(to)Guitars』。高揚感のある楽曲が多く、バンドを楽しむ気持ちに加えて、リスナーとともに音楽を楽しむ、ライヴバンドとしての強度が増したことを示す作品になった。そして2015年『blueprint』で、そのモードに表現のエゴを混ぜ込んで、バンドがこれからの未来を生きていくための“青写真”を作り出す。2年という歳月をかけて、彼らはバンドがネクスト・ステップに進むための基盤を整えた。
【YOUR SONG】はNHK岐阜放送局開局75周年を記念して制作される岐阜発地域ドラマ『ガッタン ガッタン それでもゴー』の主題歌。ドラマの制作チームからオファーがあり、書き下ろされた楽曲だ。【great escape】はアニメ作品とバンドの親和性が高かったため、従来のcinema staffらしさを優先させた鋭さと繊細さが同居するアッパーな楽曲だったが、【YOUR SONG】はドラマありき、と考えたほうがいい。ミディアム・テンポのバラード。美しく穏やかなピアノとキーボードと、飯田のやわらかい歌声が楽曲の確固たる顔になるという、これまでのcinema staffのセオリーでは考えられない構成と展開だ。彼らと同じく岐阜県出身の、プロデューサーを務めた江口亮の才が光る。この曲を最初にラジオで聴いたときは純粋にいい曲だと思うと同時に正直戸惑ったし、これをcinema staffがやる意味があるのか一抹の疑問もあった。だがこのタイアップオファーは、故郷を想う気持ちを音楽にした『望郷』という作品を作り、2013年から「自分たちの活動で岐阜に何かを還元したい」という想いのもと自主企画フェス「OOPARTS」を岐阜で開催するなどの活動が認められてきた証だ。「東京で這いつくばってでも音楽をやっていく」と決意を固め、東京で『blueprint』を完成させた彼らは、ドラマ制作チームの気持ちと、自分たちを育ててくれた岐阜という場所に誠心誠意で応えんべく、この【YOUR SONG】を制作したのではないだろうか。
cinema staff「YOUR SONG」MV(「WAYPOINT E.P.」 lead track)
【YOUR SONG】の歌詞は〈僕らはそう、いつだって誰かと比べてしまう。/いいことなんて1つも無いのに過去を羨んでしまう〉〈僕らはそう、いくつになっても大人になれた気がしない。/「これまで」の数えきれない後悔を気にしてしまう。〉など、『blueprint』で綴られた想いが、さらに明確かつ率直に描かれている。だが『blueprint』と違うのは〈怖がらなくていいよ。〉〈そこには光があるよ。〉〈ゆっくり進めばいいよ。〉〈何処にだって、ふるさとはあるよ。〉と、“あなた”にしっかりと語り掛け、あなたを“導く”言葉がいくつもあることだ。メインソングライターである三島想平は、筆者が見ている限り、自身の音楽を心から愛して大事にしているが、聡明ゆえに自身の足りない部分をはっきり自覚している人だ。これは完全なる推測だが、リスナーを導きたい気持ちはありつつも、自分にはその器があるのか、まだないんじゃないか――そんなところで葛藤しているようにも見えた。そんな彼の背中を押したのが、『ガッタン ガッタン それでもゴー』という作品だろう。そしてこれまでも三島の想いを汲みながら自分の解釈で歌い続けてきた飯田は、今回それに加えドラマが持つ想い、バンドの想いを一挙に引き受けて、大切な人の髪を撫でるように一言一言を大事に歌っている。とても伸びやかで、山脈が美しい岐阜の澄んだ広い空に吸い込まれるような歌声。彼が自身の気持ちのもと、楽曲の感情や意志を伝えることができる、強い芯を持つヴォーカリストとして成長していることを痛感する。サビの裏で鳴るエモーショナルなギターも、うわものを支えムード作りに徹するベースとドラムも、すべてが混じり気がなく優しい。こんなに他者への包容力に満ちたcinema staffは初めてだ。28歳という年齢になり、故郷から東京に移り生活しているからこその説得力もある。現時点で、彼らの持つ誠実さを最も明確に表現できている曲だ。
メンバーが高校生の頃に制作したM2【AIMAI VISION】とM3【RIDICULOUS HONOR】は無垢で奔放、ストレートで風通しがいい。過去と違うところは音のしなやかさだろうか。リアレンジはしつつも大幅な変化を加えずに再録しているところにも、過去あってこその現在、という歩みを重んじる姿勢を感じる。自分自身の欲求を満たすために、気持ちのままに音を鳴らしていた彼らが、12年という時を経て、他者の力を借りながら、様々な「あなた」のための音楽を作った。この一歩を踏み出せたことは、彼らにとってとても革新的なことだと思う。TVアニメ『遊☆戯☆王ARC-V』のオープニングテーマである【切り札】も含め、彼らは江口亮プロデュースのもとでのタイアップ曲の制作で得た方法論を、これからしっかりと血肉にしていくだろう。いつまでも未完成なcinema staffによる“waypoint”、これは大きな分岐点かもしれない。(沖 さやこ)
cinema staff「WAYPOINT E.P.」初回限定盤 LIVE DVD digest movie