cinema staff 『eve』
ALBUM(CD)
cinema staff
『eve』
2016/05/18 release
PONY CANYON
5枚目のフルアルバムで迎えた新しいはじまりと描いた未来
cinema staffは詳しく知れば知るほど興味深い。愛着も沸くし、好きになる。その理由のひとつは、彼らの音楽が彼らの音楽家としての生き様、思考、心情そのものだからだ。前作4thフルアルバム『blueprint』は、自分たちのなかから溢れるアイディアを出し尽くすくらいの渾身の作品だったと思う。とても誠実で硬派で繊細で、本音しかない音楽。心の深いところにある濃い想いを投げつけられるようだった。彼らのことを見つめ続けてきた人間は、それを真っ向から受け止め、その想いを汲み、そこに自分の感情を重ねたことだろう。それは友達が自然と親友になっていくような感覚と近い。
いまいる親友たちだけでこれからを過ごすのも悪くないかもしれないが、親友とともに成長していくだけでなく、新しい仲間が増えたらもっといろんな世界が見えるのではないだろうか? ――『eve』はそんな作品だと思う。アレンジはもちろんソングライティングの面でもアプローチの方法が増えたことに加え、〈きみ〉や〈あなた〉の目を見て綴られた曲が多い。「自分たちはこう思うんだ、だからこうするんだ」と叫び続けてきた彼らにとって、これは革新的だ。それを成し遂げられたのは【YOUR SONG】という曲が生まれたからだろう。【YOUR SONG】はこれまでの方法論の制作とは違うこともあり、処女作らしい処女作だと思う。だがもしここでいきなり高いクオリティの楽曲が完成していたら、『eve』というアルバムはここまで素晴らしいアルバムになっていなかっただろう。真偽は定かではないが、【YOUR SONG】を作り上げたことで、課題と同じくらい様々なアイディアが生まれ、自分たちが進むべき新しい方角を定められたのではないだろうか。
『WAYPOINT E.P.』の【YOUR SONG】と『SOLUTION E.P.』の【切り札】に続き、江口 亮がプロデューサーとして編曲に参加している。ゆえにプログラミングや様々な鍵盤の音が効果的に使われ、【切り札】同様に楽曲の装いが非常にスタイリッシュだ。もっと言えば垢抜けていて、東京という街が非常に似合う。先日西新宿を歩きながら『eve』を聴いていたとき、青空に高く伸びる高層ビルと新緑の木々が織りなす昼下がりの風景がアルバムの音像と合いすぎていて、家に帰るのをやめて2時間ほど新宿のど真ん中でぼーっとしていた。『blueprint』も「ここ東京で生き抜く」という強い想いが溢れているが、『eve』ではとうとう岐阜から上京したこと――すなわち第2章への突入を立証している。
特にそれが顕著なのは飯田瑞規が作詞を担当しているM6【somehow】。ゆるやかなエイトビートで、少々シティポップの香りもある。淡々としたキーボードの音だけでなくチェロも入り、cinema staffの持つセンチメンタルなロマンが前面に出た曲だ。うわものがカラフルなぶん、シンプルなベースがクールに響く。過去を大切にしつつ新しい始まりへと飛び込む等身大の姿が投影された歌詞も、素直さを持つ飯田だからこそ書けるものだろう。M3【エイプリルフール】は3拍子と4拍子を巧みに扱い変拍子の申し子っぷりを遺憾なく発揮しつつ、華やかで憂いのある辻 友貴のギターに飯田のアコースティックギター、手数の多さで清涼感を作る久野洋平のドラムスの効果でポップにまとめあげる。3rdフルアルバム『Drums, Bass, 2(to)Guitars』収録の【borka】を大人にしたニュアンスとでも言おうか。バウンドするビートが小粋なM8【person on the planet】は明るくゆったりした曲調ではあるがサウンド的にはなかなかマニアック。恐らく様々なバンド(主に海外)の音作りを試験的に投入しているのでは。ラストの歌詞のオチには思わず「三島さんらしいなあ」と笑ってしまった。
だがcinema staffと言えば全国デビュー時に「ポップで死ね!」なんて言ってたバンドである。やはり欠かせないのはハードコアの要素。それはもちろん失われていない。シリアスなM9【境界線】はど真ん中だし、レンタルベストにも収録され先行公開されたM4【lost/stand/alone】はギターの音の質感からも辻の趣味嗜好が色濃い。バンドの躍動感、飯田と三島の歌の力、すべてが抜群の状態で組み合っている。M7【crysis maniac】はアッパーながらに演奏も肩の力が抜けた曲。曲に身を任せるように曲ごとに異なる歌を聴かせ、楽曲をより豊かにリスナーに届ける飯田瑞規のヴォーカル力はさらに上がっている。彼に限らずメンバー全員の表現力が上がっているのは、バンド内の意思統一が以前以上だからだろう。歌詞も多くの曲に東京に関するワードが入り、そこで描かれている風景がとても現実的でありながら煌びやかだ。それと同時に海を彷彿とさせるイメージも、輪郭が浮き上がっているところも特徴的だ。淡いイメージであり憧れの象徴だった想像上の「海」が、少しずつ創造性を持ってきているのかもしれない。
そして『eve』の象徴は何といってもM2【希望の残骸】とM13【overground】。前者にはストリングスが入り、後者はバンドのみのアレンジという対極に位置するものであるが、どちらも三島想平というソングライターの精神性が浮き彫りになった楽曲だ。特に【overground】はオケに三島のルーツでもあるナンバーガール感、メロディやフォーキーな歌い回しにゆず・岩沢厚治感などがあり、三島、飯田、辻が前身バンドを結成したとき、高校生の彼らの姿が目に浮かぶような、無垢でときめきを持った音をしている。とはいえ歌っているのは未来のこと。高校時代に作ったというバンドの未来を歌ったM11【AIMAI VISION】が収録されていることに加え、『eve』の緑と桃色を扱ったジャケットはメジャーデビュー盤『into the green』のイメージと重なり、随所で「歴史」と「新しいはじまり」を感じさせるところも感慨深い。
彼らは作品ごとに劇的な変化を遂げるバンドではないかもしれない。だが歴史を全部背負い、信念を持って着実に前進し続けているバンドだ。その足跡がつくる線と影が、とても力強く少し歪で愛おしい。いままで積み重ねてきた土台や想い、育んできた筋力でかつてないほどに高く高く跳びあがったcinema staff。あなたたちが描く次のステージは、きっと凄く美しく、凄く楽しいと信じています。(沖 さやこ)
◆Disc Information
cinema staff 5th FULL ALBUM 『eve』
2016.5.18 release / PONY CANYON
・初回限定盤 PCCA-04380 ¥3,600(without tax) Amazon
・通常盤 PCCA-04381 ¥2,600(without tax) Amazon
[Track List]
1. eve
2. 希望の残骸
3. エイプリルフール
4. lost/stand/alone
5. 切り札
6. somehow
7. crysis maniac
8. person on the planet
9. 境界線
10. deadman
11. AIMAI VISION
12. YOUR SONG
13. overground