百々和宏 『スカイ イズ ブルー』
ALBUM(CD)
百々和宏
『スカイ イズ ブルー』
2016/09/07 release
UK.PROJECT inc.
肉体と時間の向こう側にある無限の世界
情熱的なのに平熱な音楽。それは「中心部分の青い部分は炎のなかでも温度が低く、外側の赤い部分であればあるほど熱い」という蝋燭の火に少し似ているなあ、と思った。心の奥にある情熱の、その奥の奥は、とても安らいだ状態なのではないか。情熱の発端は平熱なのではないか。青が赤を作り出す、その青こそ本質、肉体が滅びても残る“魂”なのではないか――。
MO’SOME TONEBENDERのフロントマン、百々和宏による3rdソロアルバムはわたしにとってそんなアルバムだった。正直なことを言えば、言葉にするのがものすごく難しい作品でもある。その結果として、2ヶ月前に音源を手にしたというのに、レヴューを書くのがこんなにも遅くなってしまった。このアルバムを絶賛しているアーティストが多いのにもかかわらず、そのコメントが「すごくよかった」ばかりなのも、どう言葉にしていいのかわからないからだと勝手に思っている(違ったらごめんなさい)。こういう音楽作品がたまにあるのだ。音楽的な精度やジャンル感なども飛び越え聴き手を黙らせる、ハートのかたまりのような、真正の音楽作品というものが。
今作のオープナーは1stアルバム『窓』、2ndアルバム『ゆめのうつつとまぼろしと』とシリーズ化している【ロックンロールハート】の3作目となる【ロックンロールハート(イズネバーダイ)】。遺言の歌である。切ないのに清々しい曲で、大切な人の前で最後の最後に笑って目を閉じる瞬間の温度感が詰まったミディアム・ナンバー。加えてその次の曲はカラッとしながらもサビで〈死にたくない〉〈まだ死ねない〉を連呼する【アドワナダイ】で、この2曲のインパクトでこの2曲だけでなくこのあとすべての曲も、故人が魂となり現世の空を彷徨いながらこの世で生活している人間に向けて奏でる歌のような錯覚を起こしてしまったのだ。そう考えながらハワイアンチックで緩やかなM5【ピンチヒッター】の〈君の人生には まだ僕が そう必要なのさ〉を聴いたときの切なさといったらない。
と、ひとたび世界に取り込まれてしまうと想像が果てしなく広がってしまう。でも言葉から離れると、力まずに奏でられたサウンドスケープが心地よく、日々のささやかな幸せを彩るあたたかい楽曲たちだ。煙草の煙のように苦くてやわらかく奔放な音は、仰々しくないのにしっかりと熱を持っている。演奏はベーシストの有江嘉典(VOLA & THE ORIENTAL MACHINE、the pillowsサポートメンバー)、ギタリストの見汐麻衣(ex.埋火、MANNERS、アニス&ラカンカ)、ドラマーのあだち麗三郎(片想い、cero)という、「百々和宏とテープエコーズ」のメンバーが担当。全員が百々の心情に自分をトレースさせるように音を重ねていく。無防備なようでいて締めるところは締める、そういうスパイスもまた乙だ。
死と同じくらい目につくのが酩酊の歌。アルコールが入っている状態というのはどこかふわふわしていて、人間が合法的に現実から離れられる唯一の方法かもしれない。M9【ハロージャック】の歌詞を借りれば〈無限の感覚が 辺りをたゆたう〉。その酩酊の空気感が、どことなく魂の浮遊感を思わせた(特にこの曲の音はまさしく“酔い”を表現したものである。どこまでも続く音がどんどんねじれていく)。肉体から解放されたときに人間から生まれる空気が、この10曲にはあると思う。それもわたしの妄想なのかもしれない。だが本当にいい音楽というのは、ロックでもフォークでもクラシックでもヒップホップでもJ-POPでもなんでも、イメージというものにはたらきかけるものだと信じてやまない。平熱と平穏と浮遊感が夏のまどろみや眠りにつくときの夢うつつのイメージと結びつき、時間という概念も失わせる。音楽が作り手の赤裸々な魂そのものならば、聴き手の魂が反応するのは必然なのだ。(沖 さやこ)
◆Disc Information
Amazon:百々和宏/スカイ イズ ブルー