ココロオークションが明確にした自分たちの本質――バンドの新章開幕を告げる『Memorandum』
◆きゅんとした時代を語るとき、人はいい顔をするんですよ。目がキラッとする
――【ミルクティー】が、まさにおっしゃってくださった背景を持つ楽曲ですよね。たまたま自販機のミルクティーが粟子さんの目に留まって「最近あまり飲まなくなったけど、高校のときよく飲んでたな」と思ったことがきっかけで生まれたとのことで。
粟子 そうです。それで昔にタイムスリップしたような感覚になって、懐かしくて切なくて、胸の奥があたたかくなったんですよね。
大野 自分の人生を思い返してみると、いい思い出にしても嫌な思い出にしても、すごくきゅんとする時代ってあるじゃないですか。そのきゅんとした時代を語るとき、人はいい顔をするんですよ。目がキラッとする。高校時代の話をする粟子さんがものすごくいい顔をしているのを見て「これを曲にしよう!」と思ったんです。それもあって『Memorandum』の出発点である【ミルクティー】と【贈り詩】は、学生視点が強い歌詞なんですよね。
――となると粟子さんが宝物について曲を書いたことと同義ですね。卒業が描かれた【贈り詩】の熱の入り方にも納得です。
粟子 高校時代楽しかったですね。戻れるものなら戻りたいくらい(笑)。不安なことがあったときも「あの時間は確かに存在していて、今はあの時間の続きだ」と思うだけで、全然気持ちが変わるんです。
――たしかに。どうしてもつらいことがあると「過去はあんなに楽しかったのに」と別次元で捉えてしまいがちだけど、「素敵な思い出の延長線上に今がある」と考えるだけで心が軽くなります。
粟子 そうなんですよね。過去と今はつながってるんやから、切り離してしまうのはもったいない。心に残っている思い出はみんなにもあると思うんで、それをみんなにも知ってほしかったんかな。
ココロオークション「手作り飛行船」Music Video | COCORO AUCTION”Handmade Airship”
――『Memorandum』の楽曲は、過去と今をつなぐだけでなく、未来を感じさせる描写が多い印象もあったんです。
粟子 その先が見えるものと感じてもらえたのは、結果的にそうなったという言い方が正しいかも。「過去」と「今」はつながっていて、その延長線上に「未来」があると思うんですよ。「今」は「過去にとっての未来」じゃないですか。だからいままでと変わらず「今」を歌っているんですよね。
――ああ、なるほど。
粟子 過去というものを噛み砕くことによって、今の自分たちの立ち位置が見えてくる。「なんでこういうことをやろうと思ったんやっけ?」とか過去に考えていたことを思い出すだけで、前に進む力をもらえる気がするんです。
――バンドとしても、ひとりの人間としても、今を有意義に生きるために振り返る必要があるタイミングだったということですね。
粟子 もともと「過去を振り返ってばかりいてもしゃあないよな」派やったんですけど、振り返るって大事なことなんやなと気付けた……のかな。テンメイが休養に入ったことで、今の自分の環境は当たり前じゃないな、幸せなんやなとあらためて思ったんですよね。
テンメイ バンドはほんまメンバー4人の歯車が噛み合ってこそ動くものやと思っていて。いまの4人はその歯車がうまく回るよう、支え合えているんだと思います。
◆『Memorandum』を作るなかで見つけた「ココロオークションの世界観」や「自分たちのやりたいこと」を大切にしていきたいという気持ちが強くなった
――それらの気付きは、公式コメントにあった「生まれ変わるようなつもりで、丁寧にバンドを作り変えている」という言葉にもつながってくるのでしょうか。
大野 『Memorandum』を作ったあと、世の中の状況がガラッと変わって、自分たちもそのなかでどう生きていこうかさらに考えていった結果、いろんなことに挑戦したいというよりは、『Memorandum』を作るなかで見つけた「ココロオークションの世界観」や「自分たちのやりたいこと」を大切にしていきたいという気持ちが強くなったんです。それをより濃く伝えることを最優先に考えているんですよね。これまでの活動を思い返してみて「これは自分たちの表現したい世界観を伝えるのに役立ってるんかな?」と1個1個確認していって――そのなかには僕らにとって大きな決断もいろいろとあるんです。ココロオークションのために必要なものだけやりたい。
――自分たちの音楽がより輝きを放つよう、断捨離するような感覚でしょうか?
井川 ああー。断捨離感はあるかも。
大野 たしかに断捨離か。サウンド面でも「これとこれ組み合わせたら面白いんじゃないか?」みたいなガッチャンコはあんまりせず、思いついたフレーズの一つひとつを濃くすることで曲そのものを引き立てるようにしましたね。曲の作り方も、今までの方法論にとらわれずにその曲がいちばん生きる方法を最優先にして選ぶようにして。
粟子 当時の自分たちが気に入ったもののエッセンスを入れたり、これまでに培った経験をどう出そうか考えたりしてね。
大野 うん。今作は新しいことやったろうぜ!って感じではないかな。これまで以上に濃い作品を作ることによって前作を越えよう、みたいな感じです。それは『Musical』あたりの制作で自力をつけられたからできたことかもしれへんな、とは思います。
――『Memorandum』を聴いて、もともと持ち合わせていたポップセンスと、これまで様々な音楽性にチャレンジした筋力が合わさると、こんなに軽やかでありながらも力強い、1本芯が通った作品になるんだなと思いました。これまでもココロオークションは聴き手に寄り添ってくれていたと思うんですけど、今作はそれだけでなく「こっちに行くとこんな世界も広がってるけど、こんな感じもどう?」と提案してくれる逞しさを感じたんです。
粟子 なるほど。そう感じていただけたのは、制作における世界観の作り込みの密度が上がったからかな、とも思いました。『Memorandum』は5曲とも自分たちはその楽曲のストーリーや世界、景色がはっきり見えていて、そのなかで敢えて言わないことを選んで「聴いてくれる人がそれを見つけてくれたらええな」と思いながら曲作りをしてるんです。ずっと「いい曲を作りたい」と思っていたけど、いい曲ってなんやろ? と考えていくうちにそういう発想になったんかな。
――「いい曲を作りたい」という漠然としたイメージから、ピントを合わせていったというか。
粟子 ピッチャーが「ストライク取れたらええわ」と思いながら投げるのと、「この角度に投げて、このゾーンに届くようにしてストライクを取る」と考えながら投げるのとの違いというか。これまでの経験が実を結んできたのかな? 投げたいところに投げられるようになってきた、コントロールできるようになってきたのかもしれないですね。
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コロナ禍でも精力的な活動を続けていたココロオークション。バンドの想いが音に詰まったGiftシングル『備忘録』を振り返る