長距離移動するフリーランスライターの光陰(2)公共交通機関は人間劇場

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長距離移動するフリーランスライターの光陰
(2)公共交通機関は人間劇場

 

長距離移動の代償なのか、毎年電車で風邪をもらってしまう。コロナ禍というご時世的に、母a.k.a.基礎疾患持ちの高齢者と同居している身ゆえ念には念を入れるべく頻繁に新幹線移動をしている。重症化リスクの高い母に移してしまったら、どうなるかわからない。その危機感から、やはり電車で風邪の咳やくしゃみをしている人がいると、どうしても身体がこわばってしまう。

学生時代の2年間は新幹線通学をし、これまでも要所要所で新幹線を使用することは多い。新幹線あるあるや、快適に過ごすためのコツ、効果的な利用方法、便利な乗り換えルートなどの知識は学生時代にだいぶ蓄えたものだ。

東海道新幹線は言わずと知れたリクライニング式のクロスシート。グリーン車以外の普通席は、通路を挟んで太平洋側に3名掛け、山側に2名掛けが配備されており、3名掛けの窓側からA・B・C、2名掛けの通路側がD、窓側がE席と名付けられている。

 


東海道新幹線 N700S 走行映像と車内設備 JR東海提供

 

わたしは学生時代からA席に座るようにしている。入学当初はE席をよく利用していたのだが、自由席はEとAという窓際のあと、次にCが埋まり、次にDが埋まる。つまりEに座ると、隣に人が座る確率が高くなるのだ。パーソナルスペースを広く取りたくて仕方がないタイプの人間には非常に苦痛だった。

加えてこのコロナ禍、やはり人との距離は取りたい。となるとやはり選択肢はA席以外にないのだ。

あの日も発車の20分前からこだま号自由席の列に並び、無事A席を確保した。するとほどなくして、わたしの前の列にひとり妙齢の女性が現れた。C席を通り越して奥に入ってきたので、A席に座るかと思いきや、彼女が座ったのはB席だった。

なんと珍しい。B席は中央部ということで両脇の座席よりも3~4cmほど座席が広いらしいが、やはり好んで座る人は少ない。なぜだかはわからないが、どうしてもB席がいいのだろう。そんなことを考えながら両脇の座席よりもほのかに幅広の背もたれから覗く、天井を見上げる彼女の頭頂部をぼんやり眺めていた。

発車時刻が近くなり、窓際は完全に埋まり、空いている通路側がちらほらという状態。座席を探している乗客は全員、彼女の座っている列のC席を見て「あ、空いてる」と照準を定めるも、B席の彼女が目に入るや否や、その座席を見送った。

このとき気付いた。彼女は両隣に人を座らせないようにしている。どうやら両手のひじ掛けに手を掛けているようだ。だがラッシュタイム。だいぶ座席も埋まってしまった。彼女の存在に気付き、少々驚きながらも彼女の隣に座ろうとする人が増えてきた。すると彼女は驚きの行動に出る。

「ヴエッヘン!! エェン!!! ヴン!!! ゴボゥ!!!!」

あきらかにわざとらしい咳払いをし始めた。斜め後ろで彼女の姿を見ていたが、それまでに咳をすることはまったくなかった。座ろうとした人も、やはり目の前で咳をされてしまうと、ご時世も手伝って怯んだ様子でその座席を見送った。まさしくこれが彼女の狙い。隣に座ろうとする乗客を追い払うために、嘘の咳をしているのだ。

東京での乗車客をその方法でやり過ごした彼女は、ほどなくして到着する品川でも同様にして凌いだ。「そこまで隣に座られたくないならば、わたしのようにA席を狙えばいいのに」とも思ったが、恐らく彼女はよく人が座る座席に座ることすら避けたくて、後ろにも前にも人が座っていない状況を作りたかったのだろう。過剰すぎるほど過剰な感染症対策だ。

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だがそんな彼女の策略も、ひとりの人物によって一瞬にして壊された。

品川を発車して間もなく、ひとりの恰幅の良い中年男性が彼女の横に立った。男性は申し訳なさそうに、だが堂々と「A席までの座席を空けてほしい」という意志を、態度と仕草で示す。もちろん彼女は、これまでの脅威を追い払った必殺技をすかさず繰り出す。

「ヴエッヘン!! エェン!!! ヴン……」

だが男性はその上手(うわて)を行った。彼女の咳払いなど耳に入っていないといった様子で、すみません、すみませんと申し訳なさそうに小声で言いながら、躊躇なくA席に割って入った。男性は空席しか目に見えていないのだ。男性がA席に腰掛けると同時に、彼女はB席から立ち上がりC席に移動した。あんなに頑張って隣に座らせないようにしてたのに。なんてこったい。

無事A席に着席した男性はわたしのほうに振り返り、やはり申し訳なさそうに、すみません、すみませんと小声で言いながらリクライニングを倒す。「いえいえどうぞ」と「単調な車内にクスッと笑える展開をありがとうございます」のふたつの気持ちを込めて軽く会釈をした。

ここでこのドラマは終わったかと思っていた。だが新横浜を過ぎたあたりだっただろうか。

「ヴエッヘン!! エェン!!! ヴン!!! ゴボゥ!!!!」

前の列の座席から、咳払いが聞こえる。どうやらそれは嘘ではなさそうで、おまけに咳の主は男性。わたしの前に座った、B席の彼女をC席に移動させた恰幅のいい中年男性の咳が止まらなくなったのだ。

喉に何かが詰まったのか、風邪気味なのかは定かではないが、それはそれは大きな音量だった。普段ならわたしも敬遠してしまう激しさだ。だがそれ以上に気になることがあった。それは嘘の咳払いをしてでも隣に人が前後左右に人がいない空間を作り出そうとしていた彼女の心中だ。

C席から覗く彼女の頭頂部は微動だにせず、A席から覗く男性の頭頂部は咳の刻むリズムに乗せて前後に動く。小田原目がけて走る新幹線は本領発揮。神奈川の県央地域を切り裂いていく轟音と、男性の咳だけが車内に響き渡る。

男性の咳が落ち着き、1、2分経った頃。C席に座った彼女は突然すべての荷物を持って立ち上がる。そのままスピードに振られながら逞しい足取りで通路を歩き、車両を出ていった。彼女が去ってから数分後、列車は小田原に到着。A席の男性は慌ててリクライニングを元に戻し、25分前にB席の彼女の咳バリケードを突破していったときのように乗降口へと続く降車列へと飛び込んだ。

男性の背中を見送り、リクライニングを戻したわたしも降車列の最後尾につく。気だるい足取りでホームを歩き、階段を下ってそのまま化粧室へ向かい、石鹸で丁寧に手を洗う。真っ白な泡を水で流しながら、しみじみと噛みしめる。

「自分のことしか考えんでずっこいことするとしっぺ返しが来るもんやなあ。真っ当に生きよ」

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あの30分の冴えないコロナ禍ノンフィクション劇場を、最初から最後まで見ていたのはわたしだけだろう。長距離移動をしていると、この世の中にはいろんな人がいるものだなと痛感させられる。公共交通機関は今後もう二度と会うことも見かけることもないであろう人の価値観がひしめきあう場所。その摩擦は面白くもあり疲弊するものでもあり、社会の縮図や人間ドラマを目の当たりにするようでもある。

長距離移動で感じたことや味わった経験が、回りに回って自分の文章に影響を及ぼしている。このコロナ禍リアル劇場を体感したわたしと、そうではないわたしは、やはり別人なのだ。様々な学びや笑い、苛立ちがあるからこそ、長距離移動はやめられない。新幹線でマジマジのマジでソーシャルディスタンスを取りたいなら広々としていてフットレストや立派なひじ掛けがある快適なグリーン車を使いましょう。

 

◆「長距離移動するフリーランスライターの光陰」記事一覧

 

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