感傷ベクトル『青春の始末』
MINI ALBUM(CD)
感傷ベクトル
『青春の始末』
2016/10/13 release
感傷ベクトルとは何か、その問いに対するひとつの回答
ベース兼脚本を担当していた春川三咲が無期限活動休止を発表し、感傷ベクトルは再び田口囁一の個人活動の場となった。その後田口は漫画家としての活動と、ライブやコラボレーションシングルの制作など音楽活動を並行させる。そのなかで、ライヴのサポートメンバーの力を借りて完成させたのが、この『青春の始末』というミニアルバムだ。デモの段階で音源を聴かせてもらっていたが、デモの状態とは比べ物にならないくらい、そして感傷ベクトル史上最も、ロックなアルバムになった。バンドメンバーのアイディアも多数詰めこまれ、ライヴを観たことがある人々なら、これを聴けば感傷ベクトルのライヴの様子を思い出すのではないだろうか。
田口囁一は今作についてこうコメントしている。
「十年以上も前に書いた曲は、正直言って恥ずかしい。解決した悩みごと、喉元を過ぎた怒りや悲しいこと。そうして日記であり心の叫びだったあの曲たちは気づけば他人事の、物語のようなものになっていく。そんな物語を“青春”と呼んで、その始まりと終わりに今一度向き合ってみよう」
わたしはこの楽曲たちがいつ作られたものなのか明確には知らないし、この言葉の詳細も定かではない。ただひとつ、『青春の始末』はこれまでのどの作品よりも田口囁一であるということは断言できる。これまで感傷ベクトルは漫画と音楽をリンクさせた『シアロア』や、田口のパーソナルな部分を反映させた『君の嘘とタイトルロール』などのフルアルバムを制作してきたが、この『青春の始末』というのは田口囁一がこれまでに培ってきたすべての要素――音楽家としての田口囁一、漫画家(ストーリーテラー)としての田口囁一、ひとりの人間としての田口囁一、3人の田口が一丸となって「感傷ベクトルの田口囁一」を作っているのだ。だからもし『君の嘘とタイトルロール』よりも彼個人のパーソナルさが薄かったとしても、『君の嘘とタイトルロール』よりも田口囁一なのだ。自分でも何を書いているんだろうと思いながら書いているが、今作は「田口囁一」として最も素直な作品だと思う。
“青春の始末”というタイトルや曲名からもわかる通り、この作品は学校が舞台になっていて、歌詞も子どもと大人を対比した表現が多い。心情吐露にも近い言葉が並ぶも、そのコンセプチュアルな表現手法はストーリーテラーとしての田口囁一の成分だ。学生時代の風景と葛藤が入り乱れる様はノスタルジックでありながら非常に生々しい。透明感のある繊細な歌声やブレスも近くに感じる音像で、聴いていて自然と彼の顔が浮かんでくる。3人も本物の田口がいれば、そりゃあ田口成分も増し増しになるというもので。そしてわたしの知る限り田口囁一という人間は非常に感情豊かな人物で、それを如実に示すのがサウンドだ。
前述の通り、今回はサポートメンバーの力も借りたこともあって、ライヴで培ったダイナミックな音像になっている。田口がひとりで活動するようになってバンドとしての結束を高めたことと、プレイヤー全員が自身の色を以前以上に出せたこともあり、ギターに関してはどこまで暴れるのかと言わんばかりだし、ピアノの旋律も腕の動きの躍動感まで容易に想像できるほどだ。リズム隊は前に出るときは出る、支えるときは支えるという冷静なアプローチが見え、うわものとリズム隊のコントラストも田口本人の人間性リンクしている。M6【後夜祭】はM1【前夜祭】のリメイクで、M5【卒業フリーク】は『エンリルと13月の少年』に収録されている【フラワードロップ】とメロディが同じという遊び心もコンセプチュアルな作風を得意とする彼らしい試みだ。【卒業フリーク】の生ピアノと生ヴァイオリンの音の響きの豊かさは恍惚とせずにいられない。
ここまでわたしは散々『青春の始末』=田口囁一と書き続けてきたが、最後に撤回しておきたい。『青春の始末』は田口囁一であり、「田口囁一を中心としたメンバーで構成されたバンドでありサークル」という「感傷ベクトル」そのものだ。田口囁一だけというには他メンバーの色や彼らの音楽や感傷ベクトルに対する愛が多分に込められている。田口はずっと「感傷ベクトルとは何なのか」というものと対峙してきたと思うが、そのひとつの答えがこの『青春の始末』なのではないだろうか。そして青春に始末をつけた感傷ベクトル、本当の青春はもしかしたらこれからなのでは? まだまだ乗り越えるべき課題はあるし、後夜祭のあとには現実という名の夢も広がっている。(沖 さやこ)
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・Live Report:感傷ベクトル-2015.8.7 at 渋谷WWW(2015.8.27 up)
◆Disc Information
BOOTH:感傷ベクトル/青春の始末(CD)
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