マルチクリエイター・白神真志朗が切り取る“満たされていない人々”の生活

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◆生活とは人々がなにを糧にして生きていくかということ

――今作はそれぞれの楽曲に異なる主人公が存在する印象を受けました。

M3【生きた心地】という曲はわりと主人公が男性的で、テーマも恋愛ではない。新録のM2【one night】も性愛的なものをモチーフにしているんですけど、あれもなにを不条理だと思って、なにを糧にして生きていけるのかという内容を歌っているので、振れ幅は作りつつも【生きた心地】と同じくくりの曲ですね。アルバムにするうえでテーマを絞るにあたって――僕は打ち合わせとかで家を出るときに雨が降っていると憂鬱な気分になるんですよ。雨そのものは好きだけど、打ち合わせに出掛ける僕は、カバンのなかに資料を入れていて、場合によってはカメラやノートパソコンを持っている。そういうものを守らないといけないし、ずぶ濡れで人に会うわけにもいかないじゃないですか。

――そうですね。

物理的な側面や社会性など、いろんなことを背負ったうえで「雨は憂鬱だな」と思うと思うんですよね。おまけに平日勤務の人は朝も帰りも通勤通学ラッシュに巻き込まれる。それはとても大変なことだと思うんです。人間はいろんなものを背負って、守って、それを阻害するものに対して憂鬱さを感じる。そんなとき、がんばれるためのなにかがないと生活を送るのは無理だなと思ったし、生活とは人々がなにを糧にして生きていくかということだと思ったんですよね。


白神真志朗 with The Creators『生きた心地』(Lyric Video)

――“雨”は“生活のなかにある憂鬱”のモチーフであると。

日本や英語圏で“雨”を詩的な場面で憂鬱の題材やアイコンにすることはけっこう多いと思うんです。それを自分なりに取り上げて、作品のモチーフにすることで、今回のアルバムのテーマが出来上がりましたね。結果として雨を取り囲む群像劇的なものになりました。

――生活と言えど、サクセスストーリーを歩んでいる人の生活ではないですよね。もっと言えば、うまくいっていない人でもある。

それは本当にそうで。なにを以て成功と言うかは人それぞれだと思うんですけど、たとえばお金で測るとすると、所得の分布はピラミッド型で、これが逆になることはないんですよね。グラフ化すると、多くの場合なににおいても大多数は満たされていない人だと思うんです。僕はいま作品を作ることが役に立っていてほしいから、少数の満たされている人よりも、大多数の満たされていない人のことを書きたい。僕にとってはそれが、収まりのいい方法なんですよね。

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――「満たされていない人のことを書きたい」というのは前作と通ずる部分ではないかと。

そうですね。あのときも僕が「毎日ハッピー!」みたいな人間の曲を書くのは逆立ちしても無理だと思った(笑)。そもそもラヴソングに興味がない自分が、これなら嘘をつかずに曲を書けるなと思ったのが、村山由佳さんの『星々の船』という小説のなかの、次女が既婚者と不倫をしているという描写だったんです。自分にとってのドラマ性のあるものは、満たされていないもの、飢餓感があるものなんですよね。満たされていないものが満たされるために足掻くこと、努力すること、必死になることに、ヒューマンドラマを感じる。それがすごくいいなと思う。

――さっきおっしゃっていた「自分自身に嘘のない表現にしたい」ということですよね。

そうです、そうです。自分の趣味嗜好のなかで多数派に響くものを導き出した結果がこの2作品ですね。どちらも楽曲と精神性に齟齬がないから、長く聴くことができるものになったと思います。前作を作って音の並べ方や打ち込み技術に関する発見がたくさんあったので、今作はそれが生かせたかなとも思います。編曲技術は向上しましたね(笑)。この前ゆーまお(ヒトリエ・Dr)に聴いてもらったら「音めっちゃいいじゃん!」と言ってもらって、「よっしゃ~! そうだろ!?」って(笑)。


白神真志朗 with The Creators『理由』(Lyric Video)

――ははは。真志朗さんのソロ名義の楽曲はメロディもトラックも海外のポップス色が強いですが、M6【理由】は日本的な要素と海外的な要素を同居させているので、アレンジ面でも飛躍の1曲だと思いました。

打ち込みの音楽と言いつつも、やっぱりバンドテイストの曲を作りたいという思考は頭の片隅にあって。【理由】やM5【ワンルーム幸福論】はまさにそれですね。でも完全にバンドサウンドにするなら全部生楽器で録音したほうがいいに決まっているし、打ち込みのドラムを生っぽくするとしても、生楽器には勝てないと思うんです。バンドサウンド的なことをやるとしても、自分自身が作るうえでいちばん良い状態に持っていけるアレンジを模索することが大事だなと。結果、バンドテイストだけど打ち込みの範疇に収まる曲が作れたなと思います。

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