就職できなかったフリーランスライターの日常(19)

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就職できなかったフリーランスライターの日常(19)
ボイスレコーダーでの大失態

2010年5月、わたしは第三者から「こちらはライターの沖さやこさんです」と大勢の関係者に紹介してもらったことで、ここをライターとしての起点としている(※しょくふに第11話参照)。当時のわたしは音楽ライターC氏のアシスタント、実家のペンション業、駅ナカカフェのアルバイト、K氏が代表を務めるライヴイヴェントのボランティアスタッフをしていた。ライターと自称するにはおこがましい状態ではあったが、少しずつその意識を持たねばならないなと責任も出てきた。

その翌月の頭、K氏から電話があった。

「オッキー。イベントを行う4会場のライヴハウスの店長へインタビューをしないかい?」

ライターとしての経験を積みたかったわたしは、前のめりで「やります!」と答えた。インタビューの経験は学生時代の卒業制作でレコード屋の店長と某アーティストに行った時と(※しょくふに第5話参照)、その翌年である2009年にC氏のご厚意で某全国誌にて某アーティストにインタビューをした時の計3回だった。

ライブハウスの店長とじっくり話す機会は初めてで、勝手なイメージでかなり偏屈で癖の強い人が多いと思っていてとても怖かった。なんなら卒業制作の時に某ライヴハウスの店長にいきなり言いがかりをつけられてものすごく怒られたことがあったので、正直ちょっとトラウマだった。そんなわたしにK氏は「大丈夫。僕もついていくから」と優しく声を掛けた。

okicolumn19_1学生時代は学校のテレコを使い、全国誌インタビューはC氏のICレコーダーを借りたため、今回初めて自分でボイスレコーダーを用意することになった。当時はとにかくお金がなかったため、どうしようかと悩んでいると、母がホームセンターで買った格安ボイスレコーダーを差し出した。

2009年の全国誌のインタビューのタイミングに買い与えてくれたものだった。音声データをパソコンなどに移すことができないタイプで、ただ録音したものを再生できるという、非常に簡素なノーブランド品。価格は3000円くらいだった。

本音を言えば、買ってきてくれた母には悪いのだが、正直このレコーダーを使いたくはなかった。理由はしっかりとクリアに録音できるか不安だったのと、なによりこんなしょぼいものをお相手の前に出すのが恥ずかしいという見栄があった。

だがお金がないのでそんなことも言っていられない。誰もいない自分の部屋でためしに自分の声を録音をしてみたところ、マイクは裏面にあるスピーカーのような多数の穴のようだ。本体表を上にして机に置いても(すなわちマイクが裏の状態でテーブルに置いても)録音はできる。聞こえるは聞こえる。だいぶ不安はありながらも、これで乗り切ることにした。

そして迎えたインタビュー当日。ビルの下でK氏と待ち合わせをし、事務所へと向かう。たくさんの社員さんがいる雑多なオフィスの奥の応接スペースへと通された。緊張でがちがちのわたしをよそに、K氏がそのハコの店長さんと談笑している。わたしはばくばくの心臓を抱えながらこう考えた。

okicolumn19_2「音楽媒体のインタビューも、入室タイミングからインタビューが始まっていることがあるし、アシスタント業務でテープ起こししているインタヴューも雑談中から録音が始まっている。そのままのムードでインタビューに入ったほうが話に水を差さなくていいだろうし、この会話の内容も記事に使えるかもしれない」

ボイスレコーダーの録音ボタンを押し、テーブルへと置いた。その瞬間に、いつも優しくて温厚なK氏が、落ち着いていながらも強い口調で言った。

「オッキー、なにしてるの?」

早くに父を亡くし、男性に怒られる免疫がないわたしは、その凄みに尻込みした。

「あ、お話が弾んでいたので、もう録音をしたほうがいいかもと思いまして……」

わたしはたどたどしい口調でそう答えると、K氏は穏やかながらにわたしの心臓を突き刺すように端的にこう言った。

「お相手に声を掛けないで、いきなり会話を録音するなんて失礼でしょう」

たしかに、と納得した。ただ一瞬「わたしが今までテープ起こしをしてきたインタビューや、読んできた音楽雑誌のインタビューなどはいろいろはなんだったんだ?」とは思ったが、そういう問題ではない。わたしが高校生の頃に母がペンション業を始めたため、接客や応対には丁寧な自信があった。だからこそ自分がとても失礼な態度を取ってしまったことを悔やんだし心の底から恥じたし、その自意識過剰さにも落ち込んだし、「インタビューの場なのだから最初から録音されて当然だ」という無意識の驕りに反省した。

のっけから失態を犯してしまい、緊張はさらにピークに達した。がちがちの状態でインタビューをしていると、K氏が急に、ボイスレコーダーの下に自身のハンカチを敷いた。机に飲み物を置いたりなどの、我々3人の起こす机の上での挙動音が録音の邪魔になると思ったのだろう。わたしもその時はそこまで気にしてはいなかった。気遣いがありがたいとも思った。

だがどうだろう。インタビューの翌日、テープ起こしをしようと再生していると、もともとモノラルで音質が悪いことに加え、K氏がハンカチを下に敷いた瞬間から、しっかりと本体裏面にあるマイクが塞がれてしまっているのだ。

わたしはアホみたいに声が通るし、自分の発言なのでどうにでもなるが、店長はぼそぼそとしゃべる男の人だったため、しっかりハンカチに声が吸収されてしまっていた。まじかよ。どうしよう。最悪かよ。最悪だな? 最悪じゃん!!

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ちなみに2008年に購入したiPod classicも現役

なんとかテープ起こしをし、その2日後電気屋に行き、ステレオ録音で、パソコンに音声データが移せるソニーのICレコーダーを買った。15000円を覚悟していたが、運よく8500円で買うことができた。ちなみにまだそのICレコーダーは現役で、10年弱もの間ヘヴィユーズしていることになる。

ちなみにK氏は数年前に他界した。インタビュー取材の場につき、ICレコーダーのボタンを押す前に「録音させていただいてもよろしいでしょうか」「録音させていただきます」とお声掛けをするたびに、K氏の言葉が頭に過る。編集者さんはわたしがその許可を取る前に録音を回していることが多い。それに助かるときもたくさんあるし、自分が録音の許可を取るのも大事なことだと思っている。今使ってるICレコーダーは先端にマイクがあるので、安心してICレコーダーを入れる布ケースの上に乗せて録音している。

そしてなにより「仕事道具に安物は禁物」と痛烈に学んだのであった。

 

おまけ:当時のツイートが残ってたのでペーストしておきます。まだ本名でTwitterやってない頃だったから、けっこう筒抜けに書いてますね。1人称が「あたし」だったりも含め、10年前の若気の至りということでひとつお願いいたします。ただ、取材の詳細などを書いていないところに配慮や自覚が見えて、ほっとしました。マイク塞がれてダウナーになっている部分を書かずに、だけど愚痴りたくてオブラートにくるみながら愚痴ってるところとか、幼くて健気でかわいい。

 

 

就職できなかったフリーランスライターの日常 過去ログ

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