長距離移動するフリーランスライターの光陰 (13)

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長距離移動するフリーランスライターの光陰
(13)小田原での暮らし

 

「やっぱり上京しないの?」

数年ぶりに会った友人が、話している最中にふとそう言った。アラサーの頃はことあるごとに掛けられてきた問いである。だが一向に上京しないわたしに対してほとんどの人が「こいつに引っ越しの意思はない」と思うようになったのか、ここ数年はとんとご無沙汰の言葉だった。コロナ禍での移住ブームも影響しているのかもしれない。

静岡県伊東市から神奈川県小田原市へと引っ越して、今年の3月で12年が経つ。当時は友人や取引先の人から「やっと引っ越したかと思えば、まだまだ全然東京まで遠いじゃん」とがっかりされたものだ。確かに近くはない。だがそこまで遠くない。わたしがライター駆け出しの頃に城ヶ崎海岸から都内まで在来線で通っていたからそう感じるのかもしれないが、それを抜きにしても世間のイメージほど、小田原と都内は遠くないとは思う。

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小田原駅のシンボル・巨大小田原提灯

なぜ東京駅から80km以上も離れた小田原という地をわたしが「遠くない」と感じるのか。その最も大きな理由は交通の便の良さ、もっと言えば「電車移動において、乗り換えがほとんどいらない」からだ。

小田原駅には東海道新幹線、JR東海道線(湘南新宿ライン・上野東京ライン・特急踊り子・特急湘南)、小田急線、箱根登山鉄道、伊豆箱根鉄道大雄山線が乗り入れており、特に前3つは都内主要駅と直接つながっている。わたしは主にこの3本の列車を使用しており、コロナ禍以降は行先によって乗る電車を変え、適宜グリーン車や特急を使用している。

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小田原市内にある、JR東日本 国府津車両センター

横浜アリーナに行く場合や、朝早い現場で1時間長く寝たいときは新幹線。新宿や下北沢、代々木上原から好アクセスの場所へ行く場合は小田急線。横浜や渋谷、恵比寿などに行く場合はJRという具合だ。だいたいの場所に乗り換えなしもしくは1回、多くても2回で行くことができる。

普段は移動中に仕事をしたり、仮眠を取ったり、メールやメッセージを返したり、動画を観る、電子書籍を読むなどしている。さいたま新都心は乗り換えなしで行けるので、絶好のテープ起こしタイムだ。まとまった時間が取れることで、効率よく物事を進められることができる。それゆえに「遠くない」と感じるのだと思う。

その理屈で考えると「本当に都内は都内と近いのか?」という疑問が浮かぶ。たとえば大崎から市ヶ谷まで行く場合、乗り換え1回なのになんやかんや約30分掛かる。だからといって何かをするには時間も中途半端だ。取材と取材の間が1時間しかないと、前の取材が10分でも押してしまうと間に合うか危ういこともしばしばで、「都内」や「山手線圏内」という情報が我々を「近い」と麻痺させている可能性は否定できない。

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新幹線だと小田原駅から新横浜駅まで14分、品川駅までは26分

上京への憧れは、それなりにあった。東京に住んでいたら人と会う機会がもっと持てるだろうし、終電も遅くまである。上京をすすめる人たちの言葉の裏には「もっと近くにいたら気軽に会えるのに」という意味が込められていて、その善意がとても染みた。

だが小田原という神奈川県のはずれの街に住んでいるから、仕事を頑張ろうと気合いが入る側面も大いにある。door to doorで片道2時間かけていくからには、なんとかできる限りいい仕事がしたいし、その時間で仕事に向けてじっくりと気持ちを作っていく。少しずつ人が減っていく電車の中で、少しずつ自分のスイッチをオフにする。移動が毎回旅であり気分転換になっているのも、自分には合っているのだと思う。思い返せば幼稚園も小学校も中学校も高校も家から遠かった。専門学校に限っては新幹線通学をしていた。遠距離移動は身体に染みついている。

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相模湾沿岸を走る西湘バイパスの国府津ICそば

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自動車学校の路上教習で行った「道の駅・箱根峠」から見た芦ノ湖

昨年普通自動車免許を取り、気分転換の手段としてドライブが加わったため、さらに田舎暮らし満喫スキルがレベルアップしてしまった。道の駅で地物の野菜を買っているところに、TVでよく見掛ける人気アーティストの取材の依頼の電話が入るこの生活は、結構気に入っている。小田原は海を臨め、山が見え、関東唯一の城があり、映画館もあればショッピングモールもそれなりにあり、無料のフラワーガーデンがあり、箱根のすぐそばで、江の島まで車で1時間ほどであるなど、ある程度満たされている。このほどほどさは、とてもちょうどいい。

ただ、わたしにとって小田原に決定的に足りないものがひとつある。それはやっぱり、上京したいと思っていた最も大きな理由である「友達の存在」だ。社会人になってから引っ越して、仕事はほとんど東京都内のため、小田原市内の人との関わりが皆無に近い。上京もいいけど、みんなが小田原に移住してきてくれたらなあ、なんて叶いもしない期待をひそかに抱いている。

 

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