感傷ベクトル田口囁一とLyu:Lyuコヤマヒデカズが語る、表現者の苦悩と信念(後編)

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0M4A5273感傷ベクトル田口囁一とLyu:Lyuコヤマヒデカズが語る、
表現者の苦悩と信念(後編)

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コヤマ ヒデカズ(Lyu:Lyu)
田口 囁一(感傷ベクトル)

取材・文:沖 さやこ
撮影:森脇 梢
協力:LIVERALLY

感傷ベクトル田口囁一とLyu:Lyuコヤマヒデカズのフロントマン対談、後編。前編では出会いのきっかけからお互いの印象、音楽制作における信念の話から、田口の「ものを作るうえでひとつの指針が作れない」というカミングアウトで会話の焦点は作り手の苦悩へ。後編はさらにその側面がディープになるが、決してそれは後ろ向きな内容ではない。田口の零す「つらい」も、ふたりの苦悩も、すべて成し遂げたい表現があるからこそ、自らの表現と常に戦っているからこそだ。両者の純粋な想いと情熱を感じてほしい。

インタヴュー前編:
感傷ベクトル田口囁一とLyu:Lyuコヤマヒデカズが語る、表現者の苦悩と信念

 

◆人が通った道でも通ってしまおう、
行った先で新しいものが見つかるはず

――過去に作ったあれこれを救済するために制作を続ける囁一さんは、音楽のために音楽をやっているということなのでは?

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感傷ベクトル 田口 囁一

田口 いや、俺は音楽のために音楽をやることを諦めたんですよ。俺にはそれができないと思った。自分はあんまり幅広く音楽を聴いて生きてきてないから、新しい音楽を生み出すために様々なルーツを探っている人にはついていけない。「じゃあ自分にしかできないことは何だろう?」と考えたら、自分はミュージシャンが音楽に使った時間を絵や漫画を描くことに使っていたから、それを組み合わせようと。何かと音楽を一緒に届けたときにどう伝わるか? 漫画を読んでもらったうえでこの音楽を聴かせたら、音楽の下地がない人にも聴かせることができるんじゃないか? 漫画があることによって音楽を聴いただけじゃ浮かばない感情や景色が生まれたり、導線を引くことで新しい音楽の楽しみ方、広がり方、届き方ができたら――そういう効果に期待したいという気持ちが最近はあります。

コヤマ 音楽だけでなく小説を書いている人、絵を描いている人もそうかもしれないけど、自分がどんなに新しいことをやったとしても似たようなことをやっている人は探せば割といるという問題がつきまとってくる。ほかの人に似てしまうことに悩んだ時期もあったんだけど……漫画家の井上雄彦さんがインタヴューか何かで「いま自分が歩いている道やこれから目指そうとしている道は、もしかしたらほかの誰かが通った道かもしれない。でもそんなことは関係ないんだ。自分の足でそこまで辿りついたことに僕は喜びたいんです」と言っていて。

田口 ああ、なるほど。

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Lyu:Lyu コヤマ ヒデカズ

コヤマ 俺はその言葉にちょっと救われたんです。それを踏まえていろんなことを考えると、自分はいままで聴いてきた音楽に心を動かされた経験の蓄積からアウトプットしているんだろうなと思って。もちろん新しい音楽を発明したいつもりはあって、いまでもそこは諦めてはいないんだけど――人がかつて通った道と近いところを通ったとしても気にせずいこう、人が通った道だからと足踏みをするよりは一旦そこへ行ってしまおう。行った先で新しいものがきっと見つかるはずだ。最近はそういうふうに思うようになりました。

――前向きですね。コヤマさんはいま、すごくいいモードなのでは?

コヤマ いやあ、相変わらず頻繁に自分がわからなくなる瞬間はあって。……俺は果たして音楽をやっているんだろうか? 自分の言いたいことやプロバガンダみたいなものを伝えるものの手段として音楽を利用しているだけなんじゃないか? と考えることがあるんですよ(笑)。あとはやっぱり「自分らしさ」がわからなくなる瞬間は結構ある。

田口 ああ~……。それは自分の場合、漫画を描いているときに多いです。

>> 作品を人に見せるのはコミュニケーション

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