田中HAIDY 『Mrs.lonely Mr.mercy』
ALBUM(DIGITAL)
田中HAIDY
『Mrs.lonely Mr.mercy』
2018/06/20 release
MONOPOLY DESIRE Records
バンドという憧れを諦めたソロアーティストが
多種多様なリズムと音で描くポップでミステリアスな物語
2018年、この世には様々な多様性が溢れている。20年前に音楽を1曲まるまる聴く手段はCDだけだったというのに、いまはダウンロードもあればストリーミングサービスもあり、そのダウンロード先やストリーミング先まで聴き手で選択できる。小学校で色とりどりのランドセルが溢れるのも当たり前。自分らしさを出したファッションがクールだと言われ、ジェンダーレスも年を経ることに尊重されてきている。この20年で少しずつ、人々は流行や同調以上に、自分が最も心地いいと思うものや場所を求めるようになってきた。それは個々の感性を認める風潮にあると言っていい。
田中HAIDYは、その20年間の時代の変化を象徴するように成長してきたアーティストに見える。1996年7月に生まれ、6歳までヒップホップダンスを習う。小学校6年生でギターに出会い、中学に入学してから作曲活動を開始。その頃連れていかれたライヴハウスでバンドに衝撃を受け、バンド形態で音楽をやることを決意する。高校在学中にライヴハウスで出会った仲間と組んだバンドで某有名バンドコンテストに優勝し、2014年の年末に幕張メッセの大舞台に立つなど、精力的なバンド活動を続けてきた。だが2016年6月、メンバー同士の活動の折り合いがつかず、バンドは無期限活動停止。彼女自身も、自分の作りたい音楽とバンドが合わないことに気付いた時期だった。
もともと彼女は絵を描くことが好きで、HAIDYという名前も自身が初めて描いた絵本の登場人物である「ハイド」と「ウェンディ」を掛け合わせたものだという。音楽以外の表現方法を持つ彼女は、バンドではなくひとりで、音楽だけではなくマルチな活動をする選択をした。YouTubeやニコニコ動画で自作曲やイラストをアップし2年。あたためていた楽曲をひとつにし、フルアルバム『Mrs.lonely Mr.mercy』を世に放った。ジャケットイラスト、作詞作曲編曲、録音ミックス、ヴォーカル、打ち込みや演奏等、すべて彼女が手掛けている。マスタリングは彼女のかつてのバンドメンバーである中村リョーマ(Goodbyès/Gt)。今作は彼女の21年の人生の化身と言っていいだろう。
田中HAIDY 1stアルバム「Mrs.lonely Mr.mercy」
ヒップホップ、歌謡曲、ポストロック、ギターロックなど、彼女のルーツが垣間見られるサウンドスケープと、胸のうちに抱えたダークな気持ちやセンチメンタリズムをほろほろと綴る歌詞。だが不思議と重苦しくはない。気張ることがなく自然体で、悲観に暮れながらもどこか肩の力が抜けている。それは彼女の、多岐に渡る表現方法を持つという多様性と、彼女が選択したソロアーティストとしての居心地の良さがはたらいているのではないだろうか。バンドという憧れを手放したことは、ある意味彼女の挫折だったのかもしれない。だが人間が強くなれるのは弱さと直面したときだ。彼女の弱さが生んだ強さとは、自分自身を高純度で表現する決心だったのだろう。
彼女のヴォーカルとメロディの上では闇を醸す歌詞もポップに響く。譜割りだけでなくサウンド面でもリズムを巧みに操る技術とセンスは、幼少期にヒップホップダンスを学んでいたという土壌から培われたものであり、それにより生まれたこのポップでダークでディープな彼女の世界は、彼女の描いた絵や絵本とも通ずるものだろう。彼女の絵本での表現と、音楽での表現の最初の接点がこの『Mrs.lonely Mr.mercy』である気がしてならない。潜れば潜るほど深い場所に行ける、ポップでミステリアスなMrs.lonelyとMr.mercyが作り出す物語。お気に入りの飲み物を片手に彼女の隣に座り「ああ、そういうことあるよね、わかるよ」「そんなことがあったんだ、わたしだったらそんなときどうするかな」と取り留めなく語り明かす――そんな倦怠感と希望が入り乱れる心地よさに身を委ねてみてはいかがだろうか。(沖 さやこ)
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