意味のないことはしたくない――湯冷めラジオがひずんだサウンドスケープで灯す祈り
◆「忘れてしまうこと」や「廃れていってしまうもの」を大事にしたくなる
――「残照」は「あなたとわたしが出会えたという事実が、あなたとわたしがいなくなっても消えないでほしい」という思いが綴られているなど、『灯芯 e.p.』に収録されている3曲は共通して、今そこには存在しないものを描いている印象がありました。
緋乃 それと同じことを指摘されたばかりですね(笑)。この前「もっと明るい曲や楽しげな曲もあってもいいと思うのに、なんでそんな曲ができないんだろう?」と言ったとき、大介くんが「過去のことばかり歌ってるからじゃない?」と。
五木田 楽しいことは基本的に未来にあるから、過去を掘ってもそういうものはそうそう出て来ないんじゃないかなって。
緋乃 失われていくものに対する気持ちがすごく強いんです。自分の力ではどうしようもないからか、忘れてしまうことや廃れていってしまうものに対して縋ってしまうというか、大事にしたくなる。勝手にそっちに傾いていっちゃうんですよね。そこから物語を膨らませると、自然と過去がテーマになっていくのかな。でも未来に目を向ける歌を歌えるようになるというのは自分にとって課題ですね。
――「EMDR」は映画『ウォールフラワー』の主人公にご自分を重ね合わせて書いた曲だそうですね。
緋乃 『ウォールフラワー』は「これからどうやって生きていったらいいかわからない」と思うくらい自分がすごく落ち込んでいた時期があって、そこからちょっと立ち直ったくらいの頃に観た映画で。「EMDR」は主人公のチャーリーに向けて書いたというか、映画の世界を色濃く出している面も大きいです。
緋乃 なんとなく世の中には「落ち込んだら立ち直らないといけない」とか、「暗いより明るく見えたほうがいい」とか、「悲しい出来事はちゃんと自分の中で折り合いをつけて消化しないといけない」みたいな考え方があると思うんですけど、『ウォールフラワー』を観たときにその必要はないなと感じたんです。前を向かなくちゃと焦るより「立ち直らないという選択があってもいい」と思えてから、わたし自身すごく気がラクになって。自分のそういう気持ちをエッセンスにしています。
――ジャケットは東京八王子の精神科病院・平川病院の「造形教室」で制作する本木健さんからお借りしたそうですね。強迫性障害に悩まされる本木さんが、ご自身の苦悩などを心象風景に託した作品という。
緋乃 『ウォールフラワー』の主人公がトラウマや精神疾患を抱えた男の子なので、その心情と近い方の絵を使わせていただけたらと思っていたんです。平川病院の造形教室が定期的に美術展をやっていて、描かれた方々がどういう気持ちでこの絵を描いたのかを話してくださるので、木本さんの思いを聞いて湯冷めの音楽とも共鳴する部分を感じてジャケットの使用を直談判しました。アートワークも何もかも、湯冷めラジオでは全部ちゃんと意味のある選択をしたいんですよね。
緋乃 意味のないことはしたくなくて。初シングルの「残照」のジャケット写真も、湯冷めラジオは日本だけでなく海外に向けて音楽を発信していくという意思表示から、アートワークも海外の方にお願いしたんです。そしたら絵を貸してくださった邦喬彦(ボン・ジョヤン)さんは、わたしの「大事な人」が住んでいる湖南省の大学を出ている方だということが、オファーした後に判明しまして。
――へええ。五木田さんに続き、とても運命的ですね。意味のあることを追求していくと、おのずと運命はつながっていくのかも。
緋乃 湖南省でライブをするのが夢なので、素敵な絵を描かれる中国の方にオファーできたらなと思ってはいたんですけど、ずっとすごく好きなイラストレーターさんがまさか湖南省と縁が深い方だったなんて。本当に驚きました。
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これまでとは違う手順で制作された新曲「あの日、第4学舎3201教室にて」と、これからの湯冷めラジオ