音楽家・照井順政は人生の岐路とどう向き合うのか? 自身のスタンスとCingで示す「二面性」

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◆仮面があるからこそ動物的な行動に美しさがある

――CingはTwitterのオフィシャルアカウントの発信も興味深くて。リファレンスの楽曲や作品を積極的にシェアしているのもあり、リスナーも楽曲と比較しながら楽しめます。

照井 スタッフさんが映画好きなのも大きいですね。映画はもともと監督がどんなところから影響を受けているのかを公言することが多いように感じますし、音楽の世界も今の時代はサンプリング文化が浸透してきていることもあってか、そういったこともやりやすくなってきていると思うんです。


『動物たち』のイメージ資料 | Reference material of the song”Doubutsutachi”

――たしかに。ここ数年で日本のアーティストも影響を公言することが増えました。

照井 20年前なら「パクリだ」と言われていたであろう手法も、最近は受け手側もリファレンスありきで楽しんだり、その引用センスにかっこよさを見出すということが以前よりも多くなっている気がしていて。「元ネタに気付くとニヤリとする」という価値観が、一般的なものになったんじゃないかなと感じています。Cingではスタッフさんが提示なさった作品以外にも、自分でリファレンスを用意して「こういうものを参考にしようと思っている」と提案したりしてすり合わせをしていますね。

――Cingは第1章として、照井さんが「自分探し」をテーマに3部作を制作。夜~夜明け~日中と時間が移り変わる様子と、Cingの心情が変わっていく様子を重ね合わせながら表現していくそうですね。

照井 第1弾楽曲の「アイスクリーム/サイネージ」は始まりの楽曲でもあったので、「Cingはどういうアーティストなのか」というのを音楽でも広く包括できたらなと思いながら制作しました。だから世界観の紹介というイメージだったので、いろんな音色が自分のなかにも湧き上がってきたんですよね。でも第2弾の「動物たち」はもうちょっとソリッドというか。「アイスクリーム/サイネージ」という前提があったうえで書けた楽曲だと思っています。


Cing『アイスクリーム/サイネージ』Official Music Video

照井 僕は「夜明け」に対して暗闇に光が差し込むようなイメージを描いていたんですけど、スタッフさんは夜明け前のディープな時間帯――sora tob sakanaで言う「鋭角な日常」や、その時間帯特有の妖しさをイメージなさっていたんです。Cingは2050年の六本木が舞台なので、未来のクラブカルチャーや夜遊びをイメージして制作しました。サビで音が抜けたり、最後にスキャットを入れたりするのは最近のK-POPの影響もあって、それを自分なりにやってみて。最後はいろんな要素を乗せて、新しい展開を見せていきました。


鋭角な日常

――「アイスクリーム/サイネージ」がCingの心情を綴ったものならば、「動物たち」はCingが見た社会なのかなとも感じました。

照井 うんうん、なるほど。それを狙っていたところもありますね。第1章のテーマである「自分探し」に対して、どういう解釈をしたら自分の熱量を乗せられるだろう?と考えた時に、「社会について考えるなかで自分を発見することが多いような気がする」と思ったんです。だから社会に向けた視線が跳ね返って「自分探し」というテーマに沿ったものにできたら、自分ものめり込んで制作ができるかなと。だからクラブのような場所を舞台に、観察者としてのCingの視点が歌詞には描かれていますね。

――それを総称する言葉が“動物たち”だった?

照井 記憶を失ったCingは「アイスクリーム/サイネージ」であてもなく街を徘徊して、この街には秩序があって、それを守ることで社会が成り立っていると感じたんだけど、街の深部に赴いてみると人間の動きは不可解で。直感的で感情的な行動を起こすことがあるし、その行動が社会に大きく関わっていることに気付く。 “動物たち”は、そういう動物的な行動を肯定しているイメージの言葉ですね。


Cing『動物たち』Official Music Video

照井 僕自身、理屈や理論を越える、予想していなかったことが立ちのぼる瞬間が好きなんですよね。音楽はそういう現象がよく起こると思うし、それが自分にとっては希望というか、楽しい瞬間なんです。

――照井さんって、実はかなり感性の人ですものね。

照井 結構誤解されがちなんですけど(笑)、僕はごりごりの文系なので昔から頭や理論で音楽を作っていなくて。歌詞中の《仮面》という言葉は、最初ネガティブ寄りの意味に捉えられる、「人間の作為的な面は醜くて、動物たちはもっと自然で美しいのではないか」と思えるような使い方をしているんですけど、最終的には《美しい踊り》と《新しい仮面》のふたつがあって物語は続いていく――仮面があるからこそ動物的な行動に美しさがあるんだよというところに落とし込みたかったんです。

――「動物たち」は音楽にまつわるワードが散りばめられているので、てっきりCingの記憶をなくす前、歌姫としてステージに立っていたんじゃないか? その記憶がちらついているんじゃないか? と思いました。まさかクラブ訪問記だったとは。

照井 クラブが舞台だと思って歌詞を読むとかなりストレートですよね。《閉ざされた扉に手を掛ける》とか、クラブのドアを開けているだけなので(笑)。でもCingがなぜCingと呼ばれているかというと、やっぱり“Sing”が関わってくるとも思うんです。解釈に余白を残すために言葉数をソリッドに仕上げているところもあるし、そういう捉え方をしていただけるのはうれしいですね。

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――Cingは照井さんが新しいことにも挑戦できる場所でもあり、ご自身の色も反映できる場所でもある気がしました。

照井 過去にやったことをもう一度繰り返すことにモチベーションを持つのが苦手なタイプなので、「この感じを自分なりにやってみよう」という動機がきっかけになると制作にも走り出しやすいんです。ただ第3弾楽曲はちょっとどうしようかな……と思案中で(笑)。Cingは民族音楽のリズムを音楽に落とし込むようにしているんですけど、「日中」というテーマでそれをどう表現しようかなと……。

――おまけに照井さんの作る曲に青空のイメージ、あんまりないですものね。

照井 虚無感のある日中、ミニマルな整然とした都市みたいな表現は自分の手癖のなかにあるんですけど、Cingはまた違いますしね……。「自分探し」というテーマの結論と日中を彷彿とさせる音楽の整合性が取れるのかを模索中です(笑)。そういう意味でもCingの自分探し物語がどんな着地をするのか、楽しみにしていただけたら。「自分探し」3部作の後もCingの物語は続いていくので、そこへ広がりを持たせられる楽曲にできたらとも思っています。

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作家として軌道に乗る照井は、自身の現在の状況にどう感じているのか。彼が必要とする音楽活動とは

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