ひとりならではのバンド論 ブリキオーケストラが再会のなかで見つけた音楽のかたち
◆「7月のマーチ」のMVを撮った時「これがブリキオーケストラやな」と感動したんです
――1stフルアルバム『THE WORLD IS MINE』も、多田羅さんのソロプロジェクトというよりは、そのメンバーでなければ作れないアルバムだと思います。それでいてこれまでの作品のなかで最も強く多田羅さん個人を感じた作品だったんですよ。
多田羅 あはははは。3ピース時代のブリキオーケストラを知ってはる方からそう言ってもらえるのは、僕的にも「よっしゃ」って感じです(笑)。去年の3月から曲作りに入って、「いま自分が“かっこいい!”と思うことをやってみよう」と作ったアルバムで。生ドラムにするか打ち込みにするか、キーボードを入れるなら俺が弾くのかほかのキーボーディストが弾くのか……曲ごとに参加メンバーが変わるのは、ひとりやからできることでもありますよね。メンバーも曲を聴いて「この曲はタラちゃん弾いたほうが合うんじゃない?」と意見を言ってくれたりもするんですよ。そういう判断ができるメンバーというのもあるかもしれないです。
――なるほど。お話を聞いてなおさら、メンバーがいなくなっても音を鳴らし続けて、いろんなミュージシャンと一緒に音楽を奏でてきた多田羅さんの人生が詰まった作品だと確信しました。
多田羅 ……それこそ「7月のマーチ」のMVを撮った時「これがブリキオーケストラやな」と感じたんですよ。それにすごく感動して。
――新宿の人形劇団プークの『わにがまちにやってきた』とコラボレーションしたMV、楽曲にとてもマッチしていると感じました。劇も音楽も、このために作られたみたい。
多田羅 この曲は僕のなかでやんわり『ハッチポッチステーション』みたいなイメージがあって、そういうことをMVでもやりたいなと思ったんですよね。人形劇を調べた先で人形劇団プークさんを知って、プーク人形劇場まで実際に公演を観に行ってみたら、考えていた以上のスケールだったんですよね。それでコンタクトを取ってみたら、楽曲を気に入ってくださって「ぜひやりましょう」と言ってくださったんです。
多田羅 プークさんも年季の入った自社ビルで運営していて、コロナで大打撃を受けていて。文化芸術活動の継続支援事業給付金はこういうところで使うべきなんじゃないかと思ったんです。撮影に演奏してくれるメンバーはおらんかったけど、そのメンバーのことも近くに感じられるくらい、ほんまにブリキオーケストラというチームを感じられた空間やったんですよね。「これがブリキオーケストラかも」「これが音楽でやりたいことかも」と思ったんです。
◆いろんな情報や意見のなかで「自分の芯はぶれたらあかん」という気持ちがすごく大きくなっていった
――ブリキオーケストラが新しいフェーズに突入した空気も、今作にはあるんですよね。「WORLD IS MINE」はブリキオーケストラが始まるきっかけにもなった「ロックンロール」(※2013年リリース『HAPPY’S END』収録)の現在形という印象がありました。どちらにも歌詞には《世界》や《メロディー》という言葉がありますし。
多田羅 ああ、なるほど……。じつは“WORLD IS MINE”という言葉は、10代の頃から大事なところで使っている言葉なんです。友達と初めてライブをした時のツーマンのタイトルとか、2017年10月のブリキオーケストラ復活ライブのタイトルも“WORLD IS MINE”だったんですよね(笑)。
――ああ、そうだったんですか。
多田羅 だからこれが本当に最後の“WORLD IS MINE”というくらいの意気込みで、曲とアルバムのタイトルにしたんです。世の中がこんなことになって、いつもに増していろんな情報や意見が溢れてるじゃないですか。そのなかで「自分の芯はぶれたらあかん」という気持ちはすごく大きくなって。だから“WORLD IS MINE”は絶対的なテーマではあったし、人の数だけ“WORLD IS MINE”があると思うんです。
多田羅 「WORLD IS MINE」を「ロックンロール」の現在形と言ってもらえるのはうれしいですね。“WORLD IS MINE”という言葉も“ロックンロール”というものも、10代の頃からずっと大事なものやけど、10代の時のロックンロール、「ロックンロール」を書いた時のロックンロール、いまの僕にとってのロックンロールは違うものやし、10代の頃はもっと内省的な“MINE”やったけど、いまの“MINE”はもう少し開けてるかも。
――もともと多田羅さんは別れなどの“終わり”をモチーフに曲を作ることが多いですが、「WORLD IS MINE」はシビアな描写もありつつ《終わらないで》など“止まっていたものが動き出す”という再スタートを感じさせるんですよね。「Tiny night」は大阪時代の旧友さんとの再会がきっかけで出来た曲とのことですし。
多田羅 人生でグッとくるポイントがあんまり変わってないんでしょうね(笑)。それこそ昔から別れを書くことが多かったのも、よくよく考えてみればそれが理由の気がするし。
――“再会”は人生を積み重ねてきた人間でないと経験できないことですものね。『THE WORLD IS MINE』はそれが詰まっているし、再会や新しい出会いを呼び寄せてくれる気がします。
多田羅 そうですね。だから昔の友達や、ブリキオーケストラのことを知っている人はもちろん、いろんな人に聴いてほしいんです。それこそ「UP&DOWN」のMVは加藤マニくんに撮ってもらったんですよ。
――それもうれしい再会。マニさんは「ロックンロール」や「さようなら愛する人」のMVを撮ってらっしゃいましたね。
多田羅 久し振りにお願いして、こっちはレコーディングメンバー全員で撮ってます。マニくんのセンスに任せたんですけど、みんなでゾンビメイクして(笑)。楽しかったし、それもすごくエモかったですね。こうやってマニくんにお願いしたのもそうですけど、また会いたい人と会うために自分から努力をするのはすごく大事やなと思います。
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2017年に脱退したちーさーが今作のドラムレコーディングに参加。様々な再会を経た多田羅はいま何を思うのか